22-13
長い時間をかけて溜めてきた魔素を全て注ぎ込んで生み出された、2体の天使。
いや、そう言うと語弊がある。
これらはそれぞれが、別々の神に生み出された存在である。
神の顕現に必要な意思エネルギーは、実のところまだまだ足りていない。
あれはこの惑星の生物の、取り分け魔素に適応した者たちから、どれだけ意思エネルギーをピンハネ出来たかに左右される。
何か特殊な集約方法を取っていたり、何かに特化していたりするなら話は別だが、そうでもなければ惑星全体の魔素を概ね等分して得ることになる。
その量を考えると、現時点では「カタチにはなるが完全な顕現には到底足りない」といったところだ。
しかし、神の尖兵たる天使を生み出すのであれば十分な量はある。
溜め込んだエネルギーを消耗してしまうことで神本体の顕現が遅れる事にはなるが、天使の働き次第では逆に早めることも不可能ではない。
このメソッドの有用性については第10のセフィラ、マルクト神がすでに証明している。実際、トラブルさえなければもうあと一歩で顕現というところまでは来ていたらしい。
ただしマルクトはこの天使運用と特殊な集約方法を複合した手法で意思の収集を行なっているため、天使運用のみの有用性を測る事は難しいが。
その天使の有用性に着目し、新たに自分の眷属を生み出した神が2柱いた、というわけである。
顕現に必要なエネルギーが生物の意思の力である以上、ある程度の効率を求めようとするなら、その生物の意思に一定の指向性を持たせてやるのが手っ取り早い。そのためには生物個々の思考か、あるいは社会に直接介入する何らかの手段が必要になる。
それが可能な程度の力を蓄えた神が取る手段は、大きく分けて2つあった。
ひとつは一定以上の知能を持つ生物の意識を乗っ取り、憑依するというものだ。
この方法は消耗するエネルギーが少なくて済むという利点があるが、前提として神自身が対象の意識を塗りつぶせるほどの強固な自我を得ている必要がある。それはその時点で相応の意思エネルギーを蓄えているということであり、消耗こそ少ないものの、ある程度以上のエネルギー絶対量が必要だった。
また欠点というかリスクとしては、基本的に有り得ない事ではあるが、憑依した対象に逆に意識を塗りつぶされてしまった場合、まだ肉体的に顕現出来ていない状態の神ではそのまま存在が消滅してしまう事がある。
基本的に有り得ないとは例外的には有り得るということであり、実際に別の神の横槍によって滅されてしまった愚かな神もいるらしい。
その横槍を入れた神というのもどうやら憑依型で物質世界に介入しているようなのだが、周辺の魔素はまるで靄がかかっているかのようにぼやけてしまっており、詳細を知る神は居ない。ただ、消去法から第6のセフィラ、ティファレト神ではないかと考えられていた。
そしてもうひとつが、神の手足となって物質世界で活動する眷属、天使の創造だ。
天使の創造には相応のエネルギーを必要とするが、性能にこだわらなければそこまでのものは必要ない。
実際、まだ現在ほどのエネルギーが蓄えられるよりずっと昔に、マルクト神は2体もの天使を生み出している。もっとも、その時もまた別の神からのエネルギー供与があったという話だが。
また、2つあった、と過去形で述べたのは、それ以外の手段を講じる神も近年現れていたからだった。
その神が目をつけたのは、全ての神の源とも呼べる偉大なる樹が放った魔素ではなく、イレギュラーな進化を遂げた原生生物が散布した変質した魔素、瘴気だった。
瘴気を利用しようとしていた神は他には存在しなかったため、瘴気によって集められたイレギュラーな原生生物らの意思は全てその神の総取りとなっていた。
知能が低いせいか効率はよくなかったが、それでもその1柱は他より頭ひとつが飛び出すほどのエネルギー量を得ていた。と言っても、自ら顕現出来るほどの量ではなかった。
しかしある時、その最後のひと押しになりうる事態が起きた。
これはその神が物質世界に影響を及ぼす力を持っていない事から完全な偶然であろうと思われるが、魔素に対する適合力の低い一部の人種が周辺の瘴気を集めて凝縮させるコンバーターを開発、稼働させたのだ。
これにより、顕現しうる最低限の意思エネルギーを得たその神は、そのコンバータを核として物質世界に受肉した。
ところが魔素ではなく紛い物の瘴気によって収集されたせいか、その神の自我は生まれながらに崩壊しかけていた。
それでも時間をかければいずれは矯正も出来ていただろうが、まるで図ったかのようにその場に現れた1柱の神によってその機会は永遠に失われてしまった。
これも定かではないが、ティファレト神の仕業ではと目されている。
いずれにしても、無理矢理にエネルギーを掻き集めて顕現するのも、また憑依によって自我だけを物質世界に降ろすのも、どちらも相応の危険を伴う行為であるのは間違いない。
そうして、先達らの様子を伺っていた他の神らは、リスクを避けて天使を創造する方向に舵を切った。
これであれば、万が一の事が起きても失われるのは溜め込んだエネルギーだけだ。
もちろん生み出された天使の自我も失われることになるが、元より自らの神のために生み出された天使たちはそれを不満に思う事はなかった。
◇
2体の天使は波が引くように地下へと下がっていく緑色の燐光を追い、地下へ地下へと潜っていく。
実体を持たない力の奔流であるからかその速度は異常なほど速く、しかも地面の中に吸い込まれるように消えていくため、普通であれば追おうにも追いようがない。
しかしその緑の燐光は天使の操る魔素によってすでに捕捉してあるため、見失う心配は無かった。
地下へと繋がる細道は、元は地震によって出来た亀裂に過ぎない。当然、本来人間が通れるような隙間ではないが、人の姿など天使にとっては仮初めのものだ。その身を細く、薄く引き延ばし、亀裂に張り付くようにして潜り込み、魔素を辿って地下へ潜る事が出来ていた。
そうして辿り着いた大空洞には、当然のことながら魔素はほとんど存在しておらず、代わりに緑の燐光が薄っすらと充満していた。
「──正直気分が悪い……けど、耐えられないほどじゃないな」
「この程度なら、全て僕らの魔素で塗りつぶしてやることも不可能ではない。取り分はフィフティ・フィフティでいいか?」
取り分とはつまり、ここで得られたエネルギーを折半して互いの主神に捧げるということだ。
「ああ、いいぜ。勝利と──」
「栄光を、君に」
勝利も栄光も渡さないやつの言い回しなんだよなぁ……(




