22-12
インテリオラ王都の地下には暗渠が張り巡らされている。
建設されてから長い間、問題なく下水を流し続けてきたが、半年ほど前の大地震によって一部が崩落してしまい、暗渠よりさらに地下深くにあった空洞と一部が繋がってしまった。
この大地震が起きたのは天空より落下した岩塊が地表に叩きつけられた事によるものなのだが、これが齎した結果は、単に一国を事実上滅ぼし、周辺地域に大地震を起こしたというだけではなかった。
力の多くを失い、地下深くで眠りについていた古き原初の神。
大地を殴りつけた大質量による衝撃は、彼を強引に叩き起こすには十分だった。いや、十分過ぎた。
その気になれば惑星そのものをも破壊出来てしまいそうな暴力を目の当たりにした原初の神は、眠っている場合ではないと危機感を覚え、飛び起きた。
原初の神は驚いた。
自身を無理矢理目覚めさせた超衝撃もそうなのだが、自らの眷属の数が大幅に目減りしていた事にだ。
特に、北の大空洞に居たはずの、生命力に溢れた個体がごっそりと居なくなっている。
これは由々しき事態だった。
何しろ、生命力に溢れた眷属は原初の神の力の源でもあるからだ。
ただでさえ、力の多くを失い眠りについていた原初の神にとって、力の回復力が大きく減じられた事は無視できない事実だった。
眠りについてからさほど時間は経っていない。
にもかかわらず、地下空洞のどこにも眷属たちの骨がない。
であれば、地上に出ていってしまった可能性がある。
魔素にまみれた地上に敢えて眷属たちが出ていく理由は不明だが、そうとしか考えられない。
だとしたら早急に地上の様子を調べる必要がある。
半ば本能的なものではあるが、原初の神がそう考えながら地下空洞を探っていると、南の大空洞の上部にわずかに綻びが出来ていた。それはインテリオラ王都の下水道と繋がってしまった穴だった。
原初の神はその穴を通じて力を流した。そして、なるべく身体の小さい生物を探した。
魔素に汚染された生物であろうと、体内の魔素の絶対量が少ない、体躯の小さな生物ならば、強引に神の力を上書き出来るからだ。
そうして地上の様子を探ろうとし、途中までは上手く行っていたのだが、ある時を境に情報がぱったりと入ってこなくなった。
神の力で眷属化したとは言え、リアルタイムで情報をやり取りする事は出来ない。それをするには地上の魔素の濃度は高すぎる。情報を共有するには眷属を地下の空洞付近まで来させなければならないが、どうやら全ての眷属が地上に上がったまま帰ってこなくなってしまったらしい。
おそらく死に絶えたのだろう。
地上は恐ろしい場所だ。
それは少し前、力の多くを失う事になった際の事だが、原初の神自身が地上に出た際に思い知っている。
そこは地下にある神の力の加護もあり、比較的魔素や瘴気が薄いはずの大陸であったが、その少ない瘴気を無理やり掻き集める何らかの手段が構築されており、大陸中の瘴気が集積されていた。
惑星を蝕む毒をあえて集約するなど正気の沙汰ではない。
しかも集められた瘴気は危険域を突破しており、すでにその集積回路を核として邪神が顕現してしまっていた。
というより、加護を与えた地に邪神が顕現したからこそ、原初の神も呼び水となる依り代の生命を吸って地上に出てきたのであるが。
そんな恐ろしい地上であるから、遥か昔に加護を切った南部の大陸などどうせとんでもない事になっているに違いないと考え、小動物には過分なほどの力を注ぎ込んだ。
だが、それでも駄目だったようだ。
少なくない力を失ってしまったが、そうしただけの価値はあった。
地上には忌むべき魔素、そして汚らわしい瘴気の他に、また別のエネルギー粒子が生まれていた事がわかったのだ。
小動物に探らせた範囲に限ってのことだが、その範囲では瘴気はほとんど存在しないものの、魔素と新たなエネルギー粒子の濃度がどうやら拮抗しているようだ。
元々どれもが魔素から派生したエネルギーであるようで、そのままでは互いに争う事はない。
しかしそれらのエネルギーが生物の精神力を糧として増殖する性質である以上、何かしらの意思が介在した場合はその限りではない。少なくとも瘴気と魔素に関しては、親和性の高い種族同士が敵対関係にある事が多いためか、シェア争いのような事態を引き起こしやすい傾向にある。
新エネルギーの立ち位置は不明であるが、違いがあるということは、別けられる理由があるということだ。
ならば、魔素の濃度と新エネルギーの濃度は別々にカウントすることが出来るはず。
小動物は滅されてしまったが、小さな穴は依然として空いたままである。
原初の神はそこから、慎重に力の根を伸ばしていった。
細い隙間を潜り抜け、亀裂から王都地下の暗渠へと侵入し──
「──見ぃつけた」
侵入したところで、膨大な魔素に絡め取られた。
言語化出来るほど複雑な思考を持たない原初の神であったが、その言葉の意味しているところは察する事が出来た。
この魔素の主は、どうやら原初の神を探していたようだ。
「──まあ、インテリオラ王都、この大陸の中心であれだけ派手に立ち回ればね。ニンゲンどもならともかく、僕ら天使の目は誤魔化せない」
そしてもうひとり、原初の神の力を捉えた者とは別の魔素を持つ存在もあった。
人型の魔素の塊、それがふたつ。
「魔素との相性は最悪だが……それでも、エネルギーである事に変わりはない。多少効率が悪かろうと、変換出来れば我らが主神の復活の糧になる」
「んじゃ、早速行ってみようか。地下に広がる大空洞とやらにさ」




