22-11
再発防止とか言っておきながらいきなりの投稿忘れ、まことに申し訳ありません……
「……しかし、勇者がそれほどの力を得るかどうかはわからないだろう」
「そうだね。でも、得ていたかもしれない。そして、誰も対抗出来ない新たな暴虐帝になっていたかもしれない。どのみち……今更言っても仕方がないことだよ。今度こそ、もうザカリーの系譜は絶えたんだ。勇者も暴虐帝もどこにもいない」
それはレクタングルの、そしてロイクたちの罪だ。
ドミニクが言うように今更言っても仕方がないことであり、そして、忘れてはいけない事でもある。
ただ、たまにはこうして酒の力で罪悪感と後悔を誤魔化すことくらいは許して欲しい。
「ところでよ」
湿った空気を変えようとしてか、イーサンが明るい声を出した。酒のせいとはいえ、空気を湿らせたのはロイクなので、このフォローはありがたかった。
「アルティフェクス博士っていう奴、よく幽閉で済んでるよな。事故でけっこう人死んだっつう話だし、秘密裡にっても限度あんだろ。事故の光は首都からでも見えてたし」
空気は変わったが話は変わらなかった。他に話題もないし仕方がないが。
「そもそも、事故の原因がたったひとりの人間だって事自体、公になってないからね。あとはまあ、被害が大きかったとはいえ結果的に事故のおかげで国が富んでるのは確かだし、その分の恩赦がかかった感じなのかな。それに……精神も病んでるって話だし。すでにそんな罰を受けているなら、それ以上の事は……って事なんじゃないの」
「はーん。そんなもんか。俺だったら、仮に身内が被害にあってたとしたら事故だろうが精神状態がどうだろうが絶対許さんけどな」
「そういう人はアルティフェクス博士関連の機密には近付けないようになってると思うよ。今回僕が知ったのだって、実家の権力と自分の冒険者階級の両方使ってようやくって感じだし。みんなだって知らなかったでしょ」
「そうな。まあ別に気にしたことも無かったからってのもあるけどな」
「……だが、精神をその、病んだ状態で監獄に幽閉などして大丈夫なのか? 病んだ原因が事故を起こした事と、その事故で実の兄を亡くした事なのだとしたら、監獄の中で自傷行為を、最悪自分の命に関わる行為をしてしまったりするんじゃないか? こう言ってはなんだが、幽閉に留めているのは死なせたくない理由があるからなんだろうし」
孫である自分たちに勇者の暗殺を依頼するくらいだ。
共和国上層部の徹底した国家至上主義はよく知っている。
貢献したから、心を病んだから、という理由だけで生かしてあるとは思えない。
「そこまでは知らないよ。でも、慈悲の教会からカウンセリングのために定期的に人が派遣されてるって話は聞いたかな」
◇◇◇
暗く冷たい牢の中、コツコツと石畳を叩く音が近づいてくる。
またあの男がやってきたようだ。
「──そろそろ、気が変わりましたか?」
やはりあの男だった。
慈悲の教会とかいう怪しい宗教団体を作ったらしい、実に胡散臭い男だ。
ベルナデッタは返事をしない。
この男の要求を飲むつもりはないし、話す気もない。
「……ふう。困りましたね。まさか、この監獄がそこまで気に入ったというわけでも無いと思うのですが」
当たり前だ。
暗いし寒いしジメジメしているし、トイレは臭うしお風呂に入れないから自分の身体も臭う気がするし髪はギトギトするし、控えめに言って最悪の住環境である。あと食事も不味い。
「我々、そんなに難しい事を要求していますかね。すでに一度作った物です。もう一度作るのなんて簡単でしょう?」
そういう問題ではない。
確かにあれはベルナデッタが開発したものだが、今同じものをもう一度作れと言われても果たして出来るかどうかわからない。資料も図面も、研究所と一緒に全て消し飛んでしまった。基本概念は頭の中に入っているから、全くのゼロから組み上げるよりは可能性はあるだろうが、それでもどれだけかかることか。
それ以前に、ベルナデッタはもう二度とあれを作るつもりはなかった。
あれはベルナデッタの愚かさの象徴であり、兄を殺した悪魔の兵器だ。
ただ出来そうだというだけでやってしまった。どこまでも肥大化していく自分自身の好奇心を抑えられなかった。魔の気を通して、この世の真理を垣間見る事が出来るかもしれないとまで自惚れていた。
その結果があれだ。
兄はベルナデッタの不始末を片付けると、そのまま力を失い、現れた天使に連れて行かれてしまった。
ベルナデッタが殺したようなものである。
「わかっていると思いますが、貴女が首を縦に振らない限り、二度と日の目を見る事はありませんよ。もちろん、発明品が世に出るとかそういう比喩表現ではなく、貴女自身がお日さまの光を浴びる事はないという意味です」
構うものか。
確かに牢の住環境は最悪だが、それでも愚かなベルナデッタには過ぎた待遇である。
元より、あの時あの悪魔の兵器に取り込まれて死んでいたはずの身だ。叶うことならば、今すぐにでも兄のところへ行きたいとすら思っている。
しかしそれは生命がけで救い出してくれた兄の望むところではないだろうし、何より──愚かな自分が兄と同じところへ行けるとはとても思えないが。
「……だんまりですか。いいでしょう。今日のところは帰ります。私も暇ではありませんから。
ただし、そうやって遊んでいられる時間はあまり長くありません。いつまでも貴女をここへ幽閉しておくよう圧力をかけておくわけにもいきませんから。それに、こちらにも事情がありますし。
ではまた来ます。ごきげんよう」




