22-10
魔石ラッシュとは、魔物が異常発生した事によって起きたものだ。
ある意味では大災害とも言える事態だが、魔物の増加に伴って冒険者になろうと考える者が増えたことと、超人化する冒険者が増えたことで何とか事業としての体裁を保つ事に成功していた。
魔物の異常発生と冒険者の超人化。どちらが先かはわかっていない。
ただひとつ言えるのは、これらの変化は2年前の実験施設での事故──「アルティフェクスの乱心」が引き金になっているのでないか、ということだ。
2年前、国家による主導で新兵器のコンペティションが行われた。
それまで数十年の間魔石不足に悩まされていたレクタングル共和国であったが、勇者ヴァレリーの献身により、枯渇していた魔の気は急速に回復した。
これにより魔石不足は魔王が誕生した事によって起きたものである事が確定したのだが、それは今後再び魔王が誕生すれば同じ事態が起きる事を示してもいた。しかも、魔王に対抗しうる勇者は魔王と刺し違えて亡くなってしまっている。
再び魔石不足が起きてしまった時のために、魔石の消費を抑える新技術の開発は急務であった。
それは魔石の供給が安定しているこのタイミングしかなかった。魔石の不足の兆候が見え始めてからでは遅いのだ。
そうして行われたコンペティション。
後日その参加者に与えられた研究所で、悲劇は起きた。
参加者のひとり、ベルナデッタ・アルティフェクス博士の開発した「デウスエクスマキナ」が暴走し、研究所と周辺の森林を広範囲に渡って破壊し尽くしたのだ。
軍の一部にも被害を出したこの暴走事故は、同じくコンペの参加者であるゴルジェイ・アルティフェクス博士、ファウスト・ファブリカ博士らの活躍によって鎮圧された。暴走事故を起こしたベルナデッタ博士のデウスエクスマキナ、それを止めたゴルジェイ博士のゼノインサニアは失われることなったが、人的被害は最小限に抑えられた。
しかし、不幸なことにこの事故でゴルジェイ・アルティフェクス博士が亡くなってしまう。
彼の妹であるベルナデッタ博士は事故を悔やんで精神を病み、また責任を取る意味もあって、レクタングル共和国の連盟本部、地下監獄に幽閉された。これは主に政治犯を投獄するために使われる監獄であり、ベルナデッタ博士のような経歴の人物が送られるのは異例の事であった。
かような不幸の連鎖によって、魔石エネルギーの効率化技術は大きく後退する事となった。
だが不幸中の幸いというべきか、魔石の節約についてはひとまず危急の問題ではなくなった。
この事故の直後から、急激に大陸中の魔の気の濃度が上昇し始めたからだ。
渦を巻くように集まってきた魔の気。
その中心は、デウスエクスマキナが暴走事故を起こしたその場所だった。
◇
報告を終えたドミニクと合流した後、一同はロイクの屋敷に集まっていた。
これはいつもの流れだ。
仕事を終えた後は冒険者ギルド──『教会』から一番近いロイクの家で軽く酒などを入れ、疲れを癒やす。
他の冒険者たちは教会の隣にある酒場で騒いでいるようだが、ロイクたちはこれでも四公爵家の人間である。そこに混ざるわけにはいかない。
それに、多くの冒険者たちは入手した魔石を教会に納め、そこでその対価を受け取っているが、ロイクたちは違う。得た魔石は研究用として四公爵家を通じて魔石エネルギー研究所に送っているため、教会で金銭を受け取る事はほとんどない。報告のために寄るくらいだ。
ロイクは戦闘の興奮をアルコールで無理やり昇華させた。いつもの事だ。
魔物とは言え、【ペネトレイト】で命を奪う感触に慣れる事はない。
魔導具の力を借りずに済むようになり、その威力が飛躍的に上がったとしても、手に残る感触は変わらなかった。
「……この力が、もう少し早くあればな……」
ロイクはあの件以来、アルコールが入るとよく自分の手を見つめてそうこぼす事があった。
「何度も言わせんじゃねえよ。……俺たちでさえ、こんな力を得られたくらいだ。ヴァレリーが生きてたら、たぶん、もっとやべえ事になってたはずだぜ」
「……そうかもしれない。だが、これだけの力があれば──」
「──駄目だと思うよ。……この力、たぶんだけど、上を見上げたらきりがないから」
「そりゃ、どういう意味だ? ドミニク」
いつもであれば、アルコールによって気分が無限に沈んでいくロイクを皆で宥めて終わりだった。
しかしこの日はドミニクが変わったことを言った。
「この力、きっかけになったのってアルティフェクスの乱心でしょ。あれの爆心地、見たことある?」
「爆心地って……別に何かが爆発したってわけじゃないだろ」
「……だからこそ、やばいって思ったよ。僕は。確かに何かが爆発したわけじゃない。でも、じゃあ一体どんな現象が起きればあんな、森そのものが裏返ってしまったみたいな被害が出るって言うんだ」
「裏返る……? そりゃ、どういう……つうか、あの現場って立入禁止のはずだろ。お前よく入れたな」
「……ちょっとね。興味があったから。研究のために近くまで行く研究者の護衛に混ぜてもらったんだ。まあ、実家のコネなんだけどね。
そこで魔の気の濃度計も見たんだけど……すごい数値だったよ。行ったのはあくまで近くまでで、爆心地には行ってないんだけど、それでも見たことのないくらいの数値だった。あの時の魔王なんかとは比べ物にならないくらいのね。
あんなものを見ちゃうとさ。やっぱ、この力の源がアレだって事は、突き詰めればあの光景を生み出せるくらいまでにはなっちゃうんじゃないかなって」




