3-11
「コボルトフィッシャー! 適当に暴れてろ! ──行くぞ、盗人野郎!」
オッサン仮面がフリッツ仮面に斬りかかる。
と同時に強化コボルトフィッシャーも筋肉仮面に襲いかかった。
「俺かよ! やっぱ殺す方の枠か! くそ、ちいっとキツいぞこれは!」
凶暴な唸り声を上げ、ヨダレを垂らして興奮している強化コボルトフィッシャーを見るに、そこまで高度な判断が出来ているようには思えない。というか、オッサン仮面の言葉が聞こえているかどうかも怪しい。
筋肉仮面が襲われたのは多分赤いからじゃないかなと思いつつ戦闘を見守る。
このクラスの戦闘になると、やんちゃな程度の私では何の力にもなれない。
前回の騒動を思い出す。
例の強化ゴブリンに対して、ユージーンたち『餓狼の牙』とアングルスの騎士団は終始有利に立ち回り、敵にほとんど何もさせずに完封していた。
ユージーンは、騎士団や私のような足手まといを抱えては被害を出さずに勝つのは難しいと言っていたが、あれは多分謙遜だったのだろう。騎士団も別に足手まといには見えなかったので、多分彼は自分にも他人にも異常なまでに厳しい人物なのだと思う。もしかしたらそのストレスで今あんな風になってしまっているのかもしれない。
ならば本人が「キツい」と言っていても、それはおそらく謙遜であり、実際のところはかなりの余裕があるはずだ。
「ユー──ええと、ムスペルム仮面! 加勢する! 1人じゃ危険だ!」
「助かるぜ! 用務員の人!」
今にも噛みつかんとしていたコボルトフィッシャーの顔面に飛来したナイフが刺さった。
致命的なダメージを与えたというほどではないようだったが、ひるませるには十分だったらしく、コボルトフィッシャーは小さく悲鳴を上げて後ずさる。
ナイフ投げには定評のあるヒーラー、ルーサーだ。
ムスペルム仮面なんて強そうなのいたかな、と思ったが、多分筋肉仮面の事だ。大事な仲間のコードネームを忘れるとは思えないので、これはおそらくわざとだろう。方向性の違いが尾を引いているようだ。早めに報酬の件について父に打診をしておかないと、『餓狼の牙』が内部崩壊してしまう。
それに答えた筋肉仮面のセリフも問題だ。
ルーサーは用務員ではなく、非常勤治癒士である。
用務員と違い、治癒士であれば治癒系の魔法という特殊技術が必要になる。当然その分給料にも差が出てくるので、これは本人の矜持にとって重要な問題だ。特に非常勤とはいえ王立学園に勤めるとなれば国家に認定された正式な免状も必要になる。こちらも普通に考えて間違えるはずがないので、おそらくわざとだ。
「ルーサー先生! その方は力のムスクルス仮面という名です! お気をつけを! それと援護はお任せください!」
フランツが防御力をアップさせる補助魔法を2人にかけた。
間違いを訂正せずにはおられないその姿勢はまさに教師の鑑と言えよう。しかも援護の宣言や補助魔法の発動より前に言うとは、もしかして先ほどフリッツ仮面に自分が訂正されたのを気にしているのだろうか。
ナイフの衝撃から立ち直ったコボルトフィッシャーは、怒りを漲らせた様子でルーサーを睨み、そちらに向かい突進した。
この時にはルーサーはすでに私たちの側から離れており、誰も居ない辺りに移動していた。
コボルトフィッシャーは足元にまばらに残されている切株など物ともせずに突進していくが、その前に赤い壁が立ちはだかる。筋肉仮面だ。
筋肉仮面はフランツにかけられた補助魔法のお陰か、コボルトフィッシャーの突進をその筋肉で受け止めた。
補助魔法の効果は割合上昇である。
フランツ先生の見立てでキング級にも匹敵するほどのコボルトフィッシャーの突進を止められるとなると、いかに補助を受けたと言っても並の鍛え方では到底耐えられない。
さすがはユージーン、いやあるいはあの衣装の性能だろうか。
そう思ったが、よく見れば突進を受け止めたユージーンの衣装は所々が衝撃で裂けてしまっていた。
ただの布らしい。
兄の装備との格差が激しすぎる。
やはり領主一族の直系と傭兵では経済力や伝手に大きな差があるのだろう。
少しだけやりきれない気持ちになったが、とはいえ私もその恩恵を享受している身である。
ユージーンに同情はするが、私に出来ることと言ったら父に報酬面での交渉をしてやるくらいだ。
もっとも彼らがずっと私だけを優先してくれると言うのであれば、私が専属的に雇ってやるのも吝かではない。
資金にはまだまだ余裕はあるし、もし正式に私が雇うとなればそんな惨めな思いは決してさせない。
さすがに次兄の着ているような規格外の衣装は無理だが、普通に防御力も兼ね備えたコスプレ衣装を用意するくらいなら造作もない。なんなら4人全員色違いで揃えてもいいだろう。
その場合、ユージーンは赤だから、癒やしのルーサーは緑、斥候のサイラスは青、魔法使いのレスリーは黒とかだろうか。
ピンク枠がいないが、それは本人が希望すればグレーテルにやってもらってもいい。
私がやるとしたら当然追加戦士のゴールドである。
「──ちっ! やっぱ2人、いや3人だけじゃキツいな!」
「ならば、私も!」
勇敢にもゲルハルトが声を上げた。
「いけません! この魔物は貴方の知っているコボルトとは違います! 学生である貴方を戦わせるわけにはいきません!」
「くっ……!」
しかしフランツに止められてしまった。
悔しげに歯を食いしばり、ちらりと私を見てくるが、私を見られたところでどうしようもない。
ユージーンたちに任せておけば多分大丈夫だろうし、学生は学生らしく彼らの戦闘を見て勉強してくれればいいと思う。ゲルハルトは魔法を使う剣士らしいが、本来魔法剣士であるフリッツは魔法主体の格闘戦をしているし、剣士のユージーンはプードルと相撲をとっているし、果たして彼らの戦闘が参考になるかどうかは疑問だが。
「ちっ……! 時間稼ぎが精一杯か! こりゃ、フ──スペクルム様がさっさとあっちを片付けてくれんことにはどうにもならんぞ……!」
剣を持っていないとはいえ、あの日見たユージーンやルーサーの実力はこんなものではなかった。
なぜ舐めプをしているのだろうと思ったら、どうやら兄に活躍の場を譲るらしい。
ヒーローごっこというものは、誰がヒーローの役をやり、誰がやられ怪人役をやり、誰が助けられる一般市民役をやるのかでたいてい揉めるものなのだ。
つまり今回に関しては、主人公役が兄、仲間のヒーロー役がユージーン、そして助けられる一般市民が私で、やられ怪人がプードルというわけだ。オッサン仮面は敵幹部役である。なかなか人が集まらなくて敵幹部までは手が回らないものなのだが、そういう意味ではついていると言えよう。
私はできれば追加戦士がよかったが、私の実力では追加戦士を演じるには力不足だ。ここは一般市民で我慢するしかない。
「……ちょっと、まずいんじゃないこれ。まさかこんなにヤバイやつが出てくるなんて……。お爺様のお膝元で堂々と活動しているテロリストがいるだなんて騎士団は一体何をやっているのかしら」
「……大丈夫です、ピンク。鏡仮面と力仮面にはまだまだ余力があるはずです」
「……誰がピンクよ! ていうか、鏡仮面って貴女のその、お兄様なのよね? そっちはわかるんだけれど、力仮面の方まで知ってる風なのは何なの?」
「……まあ、それはおいおい。ですが、それはともかくお兄様が手こずってらっしゃるのはなぜなんでしょう。何か他に狙いでもお有りなんでしょうか」
「……知らないわよそんなの。貴女の応援が足りないとかなんじゃない?」
私が兄を敬愛しているように、兄も私を愛してくれているのはわかっている。
となれば、私に良い格好をしたいばかりにタイミングをはかっている可能性はある。
「……なるほど。ありそうです」
私は膠着状態になったプードル対ユージーンの大一番から視線をそらし、フリッツ仮面とオッサン仮面の戦闘に注意を移した。
ちょうど、兄が手のひらでオッサン仮面の剣をいなすところだった。
どんな動体視力をしていればそんなことができるのだろう。
何とか更新できました。
一番大変だったのは強化しようと思ったところで鎧玉がなくなっちゃった事ですね。何の話してんの?




