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もうこれ別の章でいいのでは。と思わないでもありませんが。
「【ペネトレイト】!」
ロイクの槍が赤い光を纏い、回転しながら飛翔する。
槍はまっすぐ目標に向かって飛び、一つ目鬼の頭部を貫いた。
「さすがだな、ロイク」
「……ふう。今ので最後か?」
「ああ。他の雑魚どもはイーサンとドミニクが片付けた。今は魔石を回収してる」
「そうか。じゃあ俺たちもとっととこのデカブツの魔石を抜き取って撤収しよう」
ロイクは倒れ伏した一つ目鬼の巨大な頭部から愛槍を引き抜くと、ゴーシュと協力して一つ目鬼の胸部から魔石を摘出する作業を始めた。
この周辺の魔物は全て片付けたはずなので急ぐ必要はないのだが、あまりモタモタしていると血の匂いを嗅ぎつけて別の群れがやってきてしまうかも知れない。急ぐに越した事はない。
レクタングル共和国は今、以前の魔石不足は何だったのかと言いたくなるほどの好景気、魔石ラッシュに沸いていた。
魔石ラッシュというのは、その言葉の通り魔石がいくらでも採れるという事で、ひと山当てようと考える者たちが魔石を採りまくり、それによって各地の流通が活性化し、消費が拡大し、景気が非常に良くなっている状態の事を指す。
また、新規の金鉱山などが発見された場合などにしばしば起きるゴールドラッシュとは違い、魔石は消耗品であるため採りすぎても相場が大きく下落することはない。
そして、魔石を生み出す元は金銀と違い物言わぬ鉱脈ではない。魔物という、れっきとした生き物だ。ゆえに根絶しない限り、尽きてしまう事もない。
尽きる事のない高価値な資源。
それを追い求め、レクタングル共和国という国全体が熱狂するのも仕方がない事であった。
ただし、物言わぬ鉱脈ではないということは、その資源は抵抗するということ。
採取には相応の危険を伴う。
魔石不足に喘いでいたかつてとは違い、今は空前絶後の好景気。
それだけ魔石が多いということであり、それだけ魔石の質が高まっているということであり、つまり、それだけ危険も大きいということでもあった。
そうした採取の専門家、冒険者と呼ばれる者たちは魔石ラッシュの熱が高まるにつれてその数を爆発的に増やし、そして増えた時と同じような速度で数を減らしていった。
強大化し、大増殖した魔物たちに歯が立たなかったからだ。
とは言え、全ての冒険者が夢半ばで倒れたわけではない。
真に実力のある者や、慎重な者、リスクとリターンの線引きが巧い者など、優秀な冒険者はレクタングルという巨大な魔物へ餌を安定して供給させる事が出来ていた。
強大化した魔物を倒せるほどの者は一部の実力者だけである。もちろん、そうした魔物から得られる魔石は特上で、中には値段も付けられないほどの物もある。
しかし増えた魔物というのは必ずしも強い種だけではない。そこらにいるような、ただのネズミが魔物化し、街の残飯や生ゴミを漁るような事も増えた。
慎重な者はそうした獲物を積極的に狩り、小さいながらも大量の魔石を売り捌いて富を得た。
いずれにしても大切なのは、自分の実力と標的の実力を比較し、安全率を考慮した上で勝利する事が出来るかどうか。この見極めが巧い者は、常に実力相応の結果を出し、且つ長生きする事も出来ていた。地味だが、継続的に事業を行なう上では重要なことだ。
そうして魔物と冒険者のワークライフバランスが釣り合うようになってくると、冒険者と一般人の間に徐々に差が生まれ始めてきた。と言っても社会的、経済的な差ではない。もちろん名声や収入によってそういう差もあるが、それは冒険者に限らない話だ。
その差とは、生物的なもの。
かつてこの国にもいた、勇者と呼ばれたもの。
その勇者と同じ能力を持つものが、冒険者の中に現れ始めたのだ。
勇者ヴァレリーのパーティメンバーとして彼の最期の旅路に同行したロイク・デルニエールらもまた、そんな『新人類』だった。
「よおロイク。終わったか」
「そっちもな。雑魚の始末、ご苦労だった」
一つ目鬼の大きな魔石を小脇に抱えたロイクにイーサンが声をかけた。
彼の足元にも無数の魔石が転がっている。ロイクやゴーシュが言う、雑魚を倒して摘出した魔石だ。
と言っても、そのひとつひとつは成人男性の拳ほどの大きさがある。これだけのサイズならば、世間的には「上等」と言われるレベルだ。
「チッ。まあ、確かに雑魚だったがよ。言っとくが、一つ目鬼相手にゃあお前のスキルの方が相性がいいってだけだからな」
「わかってるさ」
新人類へと進化したことによって、人間は魔導具のサポート無しでスキルや魔法を使うことが出来るようになり、また身体能力も飛躍的に向上した。
その結果、ただスキルや魔法の発動のみを行なう魔導具の存在価値は薄れていったが、完全に無価値になったわけではなかった。
スキルとはそれぞれの人間にとっての固有の能力であり、自由に何でも使えるようなものではなかったからだ。
例えばロイクであれば、槍を投擲し敵を貫通させる【ペネトレイト】を修得している。これは彼に槍に関する強い適性があったからである。
対してイーサンは【双剣連撃】というスキルを修得したが、これは両手にそれぞれ剣を持っている時に、周囲に対して連続攻撃をするというものだ。囲まれている状況で多数を相手にすることが出来るが、強力な個体に対しては効果が薄い。これは彼に剣の、それも双剣に関しての適性があったからだ。
これらのスキルは望んで修得することは出来ない。
もちろん、該当の武器の習熟度を上げていけばその系統のスキルを修得出来る事は確認されているが、やはりどうしても本人の持って生まれた適性に左右されてしまうし、スキルを修得出来るほど修練を重ねたとしたら、基本的にそれ以外の技術を高めるのは無理だ。
そんな時、冒険者たちはパーティを組んで、自分の苦手な事は仲間に任せ、得意な事を最大限発揮できるよう工夫をする。
しかし人間同士の事であるので、必ずしも上手くいくとは限らない。
そんな時、スキルや魔法の発動が出来る魔導具は重宝されるのだ。
もちろん自力で修得したものに比べれば性能は低くなってしまうが、それでもある程度の汎用性を得ることが出来るのは大きい。
「ドミニクはどうした?」
「先に戻ってる。『教会』に戦果の報告にな」
「そうか」
『教会』とは、正確には『慈悲の教会』と言い、ここ数年で台頭してきた新興宗教団体だ。
すでに新興とは思えないほどの勢力を誇っており、元々国教を持たなかったレクタングル共和国において、事実上すでにその地位を確たるものとしている一大勢力である。
その教義は一言で言えば「慈悲」。
狂える獣である魔物たちに慈悲を与え、その苦しみの源たる魔石を摘出し、適切な供養をすることで再び世界に循環させる。
そういう題目の元に、要は冒険者たちのサポートとバックアップをしているのだ。
身を粉にして冒険者たちのサポートをする様子も、まさに慈悲深き聖者のようであり、それもまた教義を体現しているのだと言われていた。
空前の魔石ラッシュである今、誰より早く、それこそ『冒険者ギルド』よりも迅速に冒険者たちに対する手厚いサポートを始めた『慈悲の教会』は、驚くべき短期間で巨大な組織へと成り上がった。
現在は冒険者ギルドを完全に取り込み、冒険者ギルドという名前は消え去って、冒険者たちからは単に『教会』とだけ呼ばれている。
「じゃあ俺たちも帰ろう。モタモタしていると別の群れがやってきてしまう」
「いいじゃねーか別に。来たらそいつらも食っちまえばよ」
「おいおい。次も今のみたいに中規模の群れとは限らないんだぜ。ドミニクもいないし、3人で対処出来ないレベルだったらどうすんだよ」
「……チッ。まあ、そうだな」
ロイクたち3人は散らばっている魔石を手早く麻袋に入れ、戦場を後にした。




