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竜王イブダーは汚されし楽園、地上への再侵攻を決めた。
彼の中では、もはやダムア竜騎士団が地上を制圧しているだろう事は既定の事実であった。
イブダー王国はこれまで、それほどまでにダムア竜騎士団にいいようにやられてきたのだ。
誇り高き原初の王家、イブダー家に、長きに亘り苦汁をなめさせ続けた忌まわしい帝国。
その矛がよもや折れてしまったなどとは到底考えられなかった。
またそうした過去から、ダムア帝国そのものに対する不信感もある。
ダムアはもしや、イブダーにあるセトのトンネルを知っていたのではないか。
それを利用し、地上にダムアだけの楽園を築くためにトゥルバ弱体の噂を流し、イブダー王国に頭を垂れる──ふりをしたのではないのか。
ダムア竜騎士団を用いての地上侵攻を決めたのは竜王イブダーだ。
しかし、それすらもかの竜帝に操られてのことだとしたら。
イブダー王国がダムア帝国に並々ならぬ執着を見せ、大きなコンプレックスを抱いている事は、竜帝ダムアも知っているはず。
そんなところに、ダムアが誇る最強の竜騎士団が庇護を求めてやってきたら、どうなるか。
使ってみたくなるだろう。その力を。
自分たちを跳ね除け続けてきた、その圧倒的な暴力を。
そう誘導されていないと、どうして言い切れようか。
竜帝ダムアが北の居城を離れていないのがその証左。
民や竜騎士団をイブダーに預けたというのに、自身は巣穴から全く出ようとしない。
帝国と同じダムアの名を冠する以上は、国と運命を共にする、などと。そう嘯いてはいるが、どこまで真実なのか怪しいものだ。
ダムアの民がイブダーに預けられた時、竜王イブダーはこれを人質だと理解した。
ゆえに乗せられてしまった。この人質があれば、ダムア竜騎士団も自由に動かせるのだと。
しかし、違った。
ダムアの民は人質などではない。
代金だったのだ。セトのトンネル、その使用代金。
つまり、自国の民を売り払ってなお、汚されし楽園には価値があるということ。
そんな事は知らされていなかったであろう竜騎士団の末端でさえ、今やその価値を知っている。
謀られた。してやられた。またしても、ダムアに。
しかし、いつものことだ。慣れている。だからといって許せるものではないが。
で、あるからこそ。
今度こそ、その野望は打ち砕かなければならない。
ここでイブダーが討って出る事は、竜帝ダムアも予期していないはずだ。ダムアの預言者は竜帝とともに北の大空洞にいる。その預言者とて、あくまでも預言者。神の声の代弁者。予言者ではない。未来が見通せるわけではない。
よしんば竜帝がイブダーがこう出る事まで予測していたのだとしても、ダムア竜騎士団がセトのトンネルの先で手ぐすね引いて待ち構えていたとしても。
今度こそ、食い破るしかない。
イブダーにも竜騎士団はあるのだ。
◇
トンネルの封を解く。
地上の風が、魔素に汚染された重たい風がイブダー竜騎士団を撫でる。
その瞬間、騎士団長は咄嗟に叫んだ。
「『もっ、戻れ! 封をしろ! 早ぁく!』」
本来出すべき「進軍しろ」という命令とは真逆の言葉だった。
しかし、竜騎士たちは一糸乱れぬ動きで団長の命令を形にした。
彼らにもわかったからだ。
理屈ではなく、肌で感じた。
「『──なんだこの寒さは!?』」
頬の鱗を撫でる、切り裂かれるかのような冷たさ。
その空気に触れた瞬間に固まる指先。
我が身を守るはずの頼もしい強靭な革の鎧でさえ、まるで拷問器具か何かのように騎士の体力を奪おうとした。
即座に命令に従った形になったのは、ただの偶然。
その実、全隊が泡を食って後退しただけだ。そして冷気を恐れてすぐに戸を閉めた。
それだけの話だった。
「『……これが……高濃度の魔素……』」
「『……ダムアの竜騎士は、この中を進軍したというのか……?』」
送り出したダムア竜騎士団にはイブダーの者も少数ではあるが随行していた。無論、帰ってこない以上もはや生きてはいないのだろうが。
ダムア竜騎士団という、イブダーの者にとって絶対とも言える戦力に随行していただけとは言え、同じ国の仲間がこの空気に耐えたのだ。
ならば自分も、と考えなければ竜騎士ではない。
しかし。
動かない身体は如何ともし難い。
「『……汚されし楽園、か。地上は竜人の過ごせる場所ではない』」
仮にそれでも無理を押し、竜騎士団だけで進軍したとしよう。よしんば地上を制したダムア竜騎士団をも打ち倒せたとしよう。
しかし、それでどうなるというのか。
地上で竜人は暮らせない。制圧しても意味がない。
確かに、美味い食材はあるのかもしれない。
だが、ただそれだけの事にどれほどの犠牲が出るだろうか。
「『──ならぬ。ダムアの剣はそれを為したのだぞ。なぜ、お前たちには出来んのか』」
しかし、竜王イブダーは後退を許さなかった。
「『もう一度、征け。そして、事を為すまで帰ってくるな。本国の守りはいらん。イブダーを攻めるかもしれぬダムアにはもはや剣は無いからな。もし、北の大空洞に残った残り滓で攻めてくるというのなら、奴らから受け取った代金を盾にしてやるまで』」
イブダー竜騎士団を送り出したのち、トンネルは封印する。
竜王にとっては、自国の竜騎士団に対する信頼の証だった。
しかし竜騎士団にとって、騎士団長にとってそれは、死刑宣告にも等しかった。
ダムア帝国のトップは竜帝ダムアで、イブダー王国のトップは竜王イブダーです。
これは彼らの姓であり名前で、代々受け継がれているものです。平民もだいたい同じ。
子供が生まれたら親が存命のうちは子は小ダムアとか呼ばれます。孫が生まれたら家督は譲って、隠居した上世代が大ダムア、当代がダムア、子供が小ダムアと呼ばれます。
そういう文化です。名前を考えるのが面倒とかじゃありません(




