21-14
仔犬を連れ、意気揚々と主人の待つ屋敷へ戻った。
「──あら、おかえりなさい。ビアンカだけですか? そちらは……まさか、お友達?」
主人は驚いたように仔犬を見た。
無理もない。
ビアンカは強い子なので、本来であれば群れる必要がない、つまり友達など必要ないのだ。主人と同じである。
「ああん? こんな短い時間でダチ出来たのか。絶対周りの犬と話があわねえだろうなと思ってたんだが、意外だな」
ビアンカたちの代わりに主人の護衛をしていた、ヒゲの下っ端がそう言った。
「フ。少なくとも『悪魔』よりはコミュニケーション能力が高いようだ。流石はお嬢様の下僕……」
最近主人の軍門に下った、左腕が人間じゃない男がヒゲを鼻で笑った。
左腕が人間じゃない男よりヒゲの方が先輩なので、この扱いはおかしい。序列に厳しい犬としては看過できないところだ。
ビアンカは片腕の男に近づき、窘めるように前脚で足元をぺしぺしと叩いた。
「……おや。私が褒めたのがわかったのですか? ははは。可愛らしいですね。これまではお嬢様のスカートの中から全く出てこなかったので、まさかこれほど可愛らしかったとは……」
片腕の男はそう言いながら、人間のままの右手でビアンカの耳の後ろを撫でてきた。
大先輩に対してこれはさすがに不敬だし、ビアンカの考えもまるで伝わっていないようだが、2回も可愛いと言ってきたし、撫で方も悪くないので勘弁してやることにした。
躾はまたの機会でいいだろう。
「それで、そのお友達を紹介しに帰ってきたのですか?」
「わんわん、わふーう」
──いえ、違います主人よ。こちらの少年は工場の警備員志望者です。先日からお話を聞いている限り、人間の警備員を雇うのはどうやら難しい様子。であれば人間よりも優秀な犬はどうであろうかと愚考した次第でして。これなるは、その第一陣になります。塩梅が良いようであれば追加で雇うことも考えております。伝手は作ってありますので。
「つまり、ウチで飼いたいと? 子供が犬を拾ってくるというのは割とよくある話かなと思っていましたが、まさか飼い犬が犬を拾ってくるとは思っていませんでした。え、先々にもっと増える? どういう事なんですかそれ……」
微妙にビアンカの真意が伝わっていない気がするが、主人にとっては警備のための人員もペットも大差ないという事だろう。
「わん、わおん」
──ですが、この少年も含めてどの犬も私に比べればかなり脆弱なようです。少なくとも、あの剣とかいう棒に叩かれても怪我をしない程度には強化してやりたいのですが。出来れば、そこの男の左腕の回転する棒に突かれても血が出ないくらいは欲しいところです。
「あ、身体が弱いんですね。まあ、野良のようですし、栄養も足りていなかったのでしょう。毛並みも……かなり傷んでますね。キューティクルがまったくありません。……え、剣やドリルで毛繕いを? まあ、そうしたいというのなら止めませんが……。でもさすがに心配なので、怪我とかしないように一応お祈りしておきましょうね」
主人が怪我をしないように祈ってくれるのであれば何の問題もないだろう。
これで簡単に死ぬような事はなくなった。
回転する棒の話が出たからか、新しく雇い入れる犬たちの世話は片腕の男が任される事になった。
新入り同士、丁度いいという事だろう。片腕の男は先輩に対する態度が少々問題ではあるが、主人に対する忠誠度は疑いようがない。
「わふ?」
──となると、工場の警備の元締めがその片腕の男になるのでしょうか。
「工場? インベルは執事見習いなので、基本的に屋敷に常駐する予定ですが。ああ、もしかして犬たちを工場の周りで遊ばせたいのですか? そうですね。工場周辺の土地はまとめて買い上げてありますから、それが良いかもしれませんね。広いですし。では、屋敷での犬たちの世話担当をインベル、工場周辺の散歩担当をユスティアに任せる事にしましょう」
「よろしいのですか、お嬢様。あまり沢山の犬を受け入れてしまいますと、相応に餌代もかかってしまいますが……」
片腕の男が余計な口を挟む。
何を言うのか。
犬たちは工場の警備をするのだから、その報酬として餌をもらうのは当然の事だ。
「わんわんわん!」
「ふふ。わかっていますよビアンカ。もちろん、うちに来たワンちゃんたちには貴方と同じ餌をあげます。好き嫌いやアレルギーがあるなら言ってもらえれば対応しますよ。アレルギーですか? 何と言ったらいいでしょうか。まあ、身体に合わない食べ物のことですね。食べたら最悪の場合死に至りますが、平気な人は平気です。犬ですと、タマネギとかチョコレートとかでしょうか。あれはアレルギーではなくて普通に種族的に毒とかだったかもしれませんが」
さすがは主人だ。わかっておられる。
アレルギー、なるものが何なのかはいまいち理解が出来なかったが、つまり、個々のアレルギーとやらさえ知っておけば、正規の毒物を使わず同じものを食べさせたとしても、狙った者だけ苦しめる事が出来るということだろうか。
なるほど、たかが犬とは言え、突然連れて来られた野良をすぐに信用する事はないようだ。
少年犬は人間たちの話が理解できなかったようで目を白黒させていたが、ビアンカが掻い摘んで説明するといたく感心している様子だった。人間の声は小さいし、妙に間延びして聞こえるので仕方がない。
少年も魔イナスイオ素を沢山取り込み、体内で生成出来るまでになればそのうち理解できるようになるだろう。
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