21-13
戦闘は呆気なく終わった。
ネラの話では魔素が限りなく薄かった地下でさえ圧倒できたという事なので、地上で、しかも2匹掛かりであればこんなものだ。
ネラの黒い魔イナスイオ素とビアンカの白い魔イナスイオ素が緑の燐光を粉々に砕いていく。
地下では砕いた後もしばらくその場に漂っていたらしいが、自然に魔素や魔イナスイオ素が存在している地上ではそうはいかない。
ビアンカの優れた目には、砕かれ光の粒となった緑の燐光が魔素や魔イナスイオ素に絡め取られて押し潰されていく様が見えていた。
ネズミの死体も緑の燐光が無くなるやいなや、あっという間に腐って溶けて地面に吸われていった。
「……く、くぅん……」
──ま、魔物が溶けてグズグズに……。
「……わお……」
──これがマルゴーの犬……。
ネズミが溶けてしまったのはマルゴーのせいではなく、このネズミが自分で勝手に溶けただけだ。
だがそれが緑の燐光を完全に失ったせいだとするなら、マルゴーの力と言えないこともない。ビアンカやネラが使う魔イナスイオ素はマルゴーの美姫、主人ミセリアが生み出した力だからだ。
「わわん」
──しかと見たか。これがマルゴーの力、我が主人ミセリアの力だ。
「……うなー」
──全く違うが、色々と考えると巡り巡って主人の力というのも間違っていない気がするな……。
どうやらネラもビアンカと同じ結論に至ったようだ。
壮年の犬の方は耳は寝たままで尻尾も下がったままだったが、仔犬は目をキラキラさせてビアンカを見ている。
「わんわんわん!」
仔犬は千切れんばかりに尻尾を振っている。興奮しているのか、何を言っているのかはよくわからない。
大まかに聞き取れたところでは、ビアンカとネラをとにかく褒めているのと、マルゴーって凄い、とひたすらに言っているようだ。
「わおーん」
──どうやら、わかってもらえたようだな、少年。どうだ。君もマルゴーの犬にならないか? さっき言ったとおりの待遇はもちろん、努力すればこのような力も手に入るぞ。
正確に言えば、戦う力は必要経費というか支給品のようなものなので、マルゴーの犬になると決めたのなら努力しようがしまいが、望もうが望むまいが主人によって強制的に付与されるだろう。と言っても犬は元々優秀な種族なので、誤差のようなものだ。
「わふう」
──若いうちからマルゴーの傘下に入れば、その分強くなれるのは間違いないな。まあ若くなくても強くはなれるがな。重要なのは年齢や身体の衰えではなく、今の可愛さをいかに維持していくかだ。可愛いとは美しいこと。美しいとはこの世で最も尊いことだ。尊いということは、何者にも侵されないこと。すなわち強いということだ。
ビアンカの説明に、隣のネラは頷いているが、壮年の犬と少年の犬はぽかんとしている。学がないのだろう。少年は仕方がないが、壮年の犬は貴族街で働いているのならもう少し勉強しておいたほうがいい。
「わわん」
──そのために重要なのが、自身の肉体的成長を止めてしまう事だ。もちろん子供のうちに成長を止めてしまう事で体重や筋力の面で不利になってしまう事もあるが、物理的な攻撃力なら後付けでいくらでも上乗せ出来るからな。成長を止めれば、少なくともそれ以上可愛くなくなってしまうことはないし、老いることもない。死にさえしなければ無限に生きていられるだろう。それだけの時間があればいくらでも強くなれる。もちろん、主人のためにな。
「わふー……」
──すげー……。マルゴーすげー……。
「きゃうん……」
──何言ってるのか全然わからねえ……。同じ犬と話している気がまるでしない。これがマルゴーの犬か……。やべえな……。
「わおん」
──先ほども言ったが今マルゴーでは、というか我が主人は人間たちが働く工場を警備できる人材を探している。しかし人間ではすぐには見つかりそうにないので、我々が気を利かせて犬や猫から登用しようと考えているところだ。
「わんわんわんわん!」
少年はやる気のようだ。素晴らしいことだ。
ビアンカが思うに、主人の元で生きていくのならなによりもまずやる気が重要である。技術や実力は後からどうにでも出来るが、やる気だけは本人次第だからだ。
いや、主人であれば本人のやる気でさえ自由に弄ってしまう事が出来るかもしれないが、生き物の心を操るというのはかなり難しいことらしく、つい最近も何やら失敗して結果的に沢山人が死んでしまったとか言っていた。そこは自然に任せた方が無難だろう。
「……きゅーん……」
しかし壮年の方は気が引けている。
もしかして、あれだろうか。
すでに成犬になってしまっているから、ビアンカや少年の若さに嫉妬しているのだろうか。
確かに、たとえ成長を止めたとしても若返る事はない。あるいはあるのかもしれないが、主人でもその方法は修得していない。まああの主人だ。修得していないのは単に必要が無いからだろうが。
結局、仔犬は話を聞きにマルゴーの屋敷へ来る事になり、壮年の犬は仲間と相談しに一度塒に戻る事になった。そういえば壮年の犬は貴族街で働いている急進派とやらの一頭だった。それは個人の判断で雇い主を変えるわけにはいかないか。
その経緯を見たネラは、自分は自分で貴族街の猫たちに話を付けてくると言い去っていった。
2022年2月22日ですね。生きてる間にこれより同じ数字が並んだ日付を見ることは無いと思いますが、もしあったら教えて下さい。




