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美しすぎる伯爵令嬢(♂)の華麗なる冒険【なろう版】  作者: 原純
ハーフ・ムジカントと青田買い
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21-8





 崩れた石の隙間に出来た亀裂の先は、一切の光の無い完全なる暗闇の世界だった。

 しかし、ネラも一端の猫である。

 たとえ全く灯りのない闇の中だろうと、そこに魔素があるのであれば、周囲の把握をする事は出来る。それを魔イナスイオ素に変換すれば、それ以上の事も。

 が。


 ──薄いな、魔素が。地下だからか? それとも……。


 手探りに近い状況の中、ネラは洞窟の中を降りていく。

 下水道の亀裂から流れ込む汚水で足元が滑ることもあり、慎重に慎重を重ねなければネラと言えども危険だ。


 思えば、魔素が薄い状態というのは生まれてこの方、ほとんど経験したことが無かった。

 魔素、というより瘴気の濃いマルゴーで生まれ、物心がつくかどうかという時分に主人に引き合わされ、それからは常に噎せ返るほど濃い魔素の中にいた。

 主人に自由を求めろと命じられてスカートの中から出てきたのはいいが、外の世界がこれほど過酷なものだったとは思わなかった。いかに自分が主人に守られていたのか、それを痛感する思いだ。


 光も魔素もない暗闇の世界を歩いていると、時間の感覚さえも薄れてくる。

 しかし、やがて暗闇の中で明確に目印と言えるようなものが近付いてきた。

 もちろん良い意味ではない。


 感じられる魔素としては、暗闇の中にあってもなお深い闇。

 そして肉眼にも見えてくる、仄かな緑の燐光。


 その緑の燐光は、いくつかの塊となって闇の中に蠢いていた。


 ──あれがネズミか! たくさんいるじゃないか!


 いや、大型の特殊なネズミということで、勝手に数を制限して考えていたのはネラの落ち度だ。

 そも、これまでネラが始末してきた大型のネズミたちは、基本的にどれも群れをなしていた。

 そう考えれば、身体が実力に見合わぬ大きさであればあるほど群れたくなるものなのだろう。

 事実、ネラの主人のマルゴー一族は誰も彼も、王都で見かける他の貴族や平民と比べて極端にその交友範囲が狭い。これは「強者は群れる必要がない」をまさに体現しての事だと言える。


 かく言うネラも、並の人間たちよりは確かに優れているのだが、主人の一族には及ばない。

 今回、他の猫や犬に助力を請おうと考えたのも、ひとえにネラたちの力不足に他ならない。


 その点については不甲斐ないばかりだが、しかし、ネラ一匹でも十分な仕事もある。

 このネズミの群れの駆除もそのひとつだ。

 確かに環境はネラにとって最悪。アウェイもいいところである。


 ──しかし、この程度ならば。


 魔素も瘴気も魔イナスイオ素も薄い空気。辺りに満ちているのは、不快な緑の燐光のみ。

 しかし、同じくこのような環境下で、主人が自らの慈悲深き金色で全てを押し戻した光景は以前この目で見ている。

 その時も、一番近くでその金色を浴びたネラである。

 出来ないなどとは口が裂けても言えはしない。


 ──異形のネズミどもめ。『戦慄の音楽隊』、その隊士の力、とくと味わってみるがいい……。


 音楽、とかいう言葉の意味はわからない。

 だがこれまでに主人がこの言葉を使った場面から、推測くらいは立てられる。

 おそらく、『自由』を為すための下準備。

 すなわち、立ちはだかる全ての邪魔者を黙らせること。そのために実力を行使することだ。


 『自由』のための『音楽』。

 なんと素晴らしい事だろうか。


 ネラは気配を消したまま、緑の燐光まとわせるネズミの群れに近づいた。

 十分な魔素が無いため、周囲の空気を完全に掌握する事は出来ない。ならば無理に魔イナスイオ素を使うのは諦め、体内の魔イナスイオ素は外に漏れないよう練っておく。

 その分、いつもより音も気配も漏れているだろうが、ネズミたちは気づく様子は見せない。

 群れなければならないほど弱いのに、周囲の気配にも鈍感とは。実に歪なネズミたちだ。


 そのまま背後を取り、一匹ずつ確実に息の根を止めていく。

 普通の意味でのネズミにしては大きいが、人間や竜騎士とやらよりは小さい。息遣いが感じられる事から、普通に呼吸をする、血が通った生物である事は間違いない。ならば、この爪でどこを撫でてやれば致命傷になるかは想像がついた。


 ただし、やはりと言おうか、急所を切り裂いただけではネズミたちが死ぬことは無かった。

 緑の燐光が傷口に集まり、見る間に──と言っても暗闇のせいで肉眼では見えないのだが──傷が塞がれてゆく。

 流れ出た血すらも緑の燐光に変わり、元のネズミのところへ戻っているようだ。


 異常な生命力である。

 この様子では、この緑の燐光がある限りネズミを殺し切るのは難しいだろう。

 ただ、そうして再生する度に緑の燐光がより濃くなり、ネズミ本来の匂いが薄れているような気もした。


 いずれにしろ、この緑の燐光を粉砕してやれば動きを止めるのは間違いない。


 傷が塞がり動き始めるネズミたちを再度切り裂き、緑の燐光が肉体の再生に集中し始めたところを見計らって──吠えた。


「ぅなぁぁぁぁぁぁぁお──」


 練っておいた魔イナスイオ素を解き放つ。

 主人の金色の光と同様、とまではいかないまでも、ネラの体毛と同じ漆黒の光が暗闇の中に広がっていき、緑の燐光を抑え込みにかかる。

 肉体の再生の方に力を注いでいた緑の燐光は漆黒の光に抗いきれず、火薬が燃えるかのように一瞬で黒く染まっていき、やがてその姿を完全に消した。







自由のための音楽(自由のための音楽とは言ってない

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― 新着の感想 ―
[一言] これがほんとの黄金の自由か(違う)
[良い点] 更新ありがとうございます!! ネラたちの解釈の仕方がすっかりマルゴイズムに染まってるっぽいなぁw 根底はお嬢至上主義だろうけどw
[一言] 『戦慄の音楽隊』に本物の楽団を見せてあげたい。…見たらどうなるんだろ?楽器や歌でも始めるんだろうか。
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