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閲覧注意です。
投稿時間的にもしかしたら夕食時の方もいらっしゃるかもしれませんが、そうしたタイミングは外す事をおすすめします。
──新しく自称騎士も出来た事ですし、学園も休みなのでたまには自由にしていてかまいませんよ。
主人にそう言われ、生まれてはじめて自由時間というものを得た。
自由という言葉の意味も知らない2匹だったが、2匹は賢いのでそれがどういうものなのかは理解できていた。
それまでに見聞きした人間たちの会話、それに主人の言葉のニュアンスから、知らない言葉の意味を類推する事はさほど難しい話でもない。
自由とは、そう。
2匹の主人が何はばかる事無くやりたい放題やれる、という事だ。
人間たちの会話から、現在主人はあの工場とかいう魔イナスイオ素生産設備の警備に頭を悩ませているらしい事がわかっている。
心優しい主人のこと。工場で働く人間たちが危険な目に遭うかもしれないのが耐えられないのだろう。
このような有様は到底自由とは言えない。
これを是正するために一番手っ取り早いのは、工場で働く弱い人間たちを魔イナスイオ素の渦に放り込み、簡単には死なない身体にしてやる事だ。
しかし主人はあの渦をあまり使おうとしない。使うのは専ら地脈を利用した移動の時だけだ。
自由のため、つまり主人の悩みを解決するためには、工場で働く人間たちが弱いままでも外敵の襲撃を凌げるようにする必要がある。
会話の流れからすると、今工場を守っている、主人や2匹の故郷と同じ匂いがする人間たちは、あまり信用できないらしい。
この信用出来ないというのは、2匹を主人に引き合わせてくれた、故郷の大ボスに情報を制限される可能性があるからだそうだ。
匂いや会話からして大ボスは主人の親であるようだが、それでも情報を制限されるとは人間というのは複雑でよくわからない。
しかし、そうであるなら、警備に人間を使わなければ問題ないという事になる。
多くの人間や大ボスは動物や魔物と意思疎通出来ない。
2匹が人間の言葉を理解できる点から考えると、おそらく人間というのは2匹よりもかなり知能が低いのだろう。
となれば、人間よりも賢くて、人間に情報を漏らす恐れがない、そういうメンバーを揃えてやれば主人も喜び、また好き放題行動出来るようになるのではないか。
2匹──ビアンカとネラは、そう考えて顔を見合わせ頷きあい、スカートから出て街へと繰り出していった。
◇
インテリオラ王国は裕福な国だ。もちろん、周辺諸国と比べて、であるが。
王都ともなれば特にその傾向は顕著で、平民街の端に貧困層の溜まり場こそあるものの、何の仕事にも就けないだとか食うにも困るだとかいった都民は基本的にはいない。
そんな王都であるから、人々は自分たちの生活以外にも気を向ける余裕というものを持っている。
インテリオラ王都民は街ぐるみで犬や猫などの愛玩動物を世話しているのだ。
貴族や富裕層は個人宅で愛玩動物を囲い、首輪などの装飾品を付けて可愛がっている場合もあるが、そうでなくとも街のいたるところで犬や猫を目にする事が出来る。
野良というわけではなく、犬や猫たちも王都の住民として受け入れられているのだ。
時に都民に餌をもらい、時に都民に愛想を振りまき、雨が降れば軒先を借り、晴れれば日向ぼっこをする。
そうやって都民と犬や猫たちはこの王都で共存している。
これには都民の心の余裕以外にも理由がある。
ネズミなどの疫病を媒介する小動物に対する牽制だ。
この大陸の人類は毒や病に対して非常に強い耐性を持っているが、完全ではない。その耐性を抜いて感染してくる疫病も中には存在している。そうした疫病は下水に入り込める小動物が媒介するケースが多いので、小動物が王都で繁殖しないよう、天敵の犬猫を街全体で受け入れているのだ。
◇
ビアンカはネラと別れた後、街に繰り出し、自分と似た種である犬たちが多く集まる場所を目指していた。
その途中、ふと便意に襲われる。
犬というのは本来、野外でしか排泄をしない。そのように身体が出来ている。足裏からの感触や地面、周囲の匂いなど、そうした外的刺激によって便意を催すようになっているのだ。
これにはいくつか理由があるが、そのうちのひとつに縄張り意識がある。
特に「他の犬」の排泄の匂いを嗅ぐと、単なる排泄とは別にマーキングの意味の強い排泄をしたくなってしまう習性がある。
こうした習性のため、犬は便意を我慢する能力に優れており、ある程度は常に排泄可能な分は残してあるのだとも言われている。
もちろん、賢いビアンカは本能を完全に制御できるので、マーキング目的の排泄はしない。
なぜなら、この世界の全てはすでに主人のものであると理解しているからだ。
今さら、下僕たるビアンカがそこらにマーキングをして縄張りを主張する意味などない。
仄かに漂ってくる他の犬のマーキングも、あくまで主人の慈悲によるものでしかない。自らの匂いを振りまき、愚かにも縄張りを主張する行為を、優しい主人が許しているからというだけのことだ。
が、それはそれとして、ビアンカも生き物である。
外にいればそれなりに催すものもある。いかに本能を制御できようとも、排泄を我慢できる量には限界がある。
ビアンカはそそくさと道端に寄り、そこでこんもりと用を足した。
「……わふぅ」
すっきりした。
すると、1人の人間が近付いてくる気配を感じた。
ビアンカは警戒し、そっとその場から離れる。
様子を窺っていると、近付いてきた人間はビアンカがひり出したブツを棒のようなもので摘み上げ、手に持っていた袋に入れた。そして道端に汚れが残っていないことを確認すると歩き出した。
見ていると、また別のところで似たような作業をしている。
なるほど。
つまりあの人間は、犬の糞を始末する仕事を生業としているらしい。
賢くない人間たちは、賢くないなりに、賢い犬の後始末を買って出ているということだろう。
実に素晴らしい事だ。
◇
インテリオラ王都における主な交通手段は馬車か徒歩である。
馬車というものは運用するにあたり様々なコストや手間がかかるのだが、そのひとつに馬の排泄物の問題がある。
王都ではその問題への対処として、行政が人を雇って常時排泄物の処理を行なわせている。
基本的に馬車が使われるのは貴族街から平民街の富裕層の地区あたりだが、その仕事を請け負っているのはほとんどが貧困層の人間だった。
彼らとて、自分たちの家の近くが汚れているのを望んではいない。
ゆえに仕事の合間などには、自分たちの家の周辺も見て回り、犬や猫の排泄物も綺麗に片付けたりしているのだった。
本来ならば中々しづらい作業だが、なにせ装備は国が貸与してくれる。ゴミの処理もだ。やらない理由はなかった。




