20-32
グレーテルやインベル、『正義』改めユスティア、それから『死神』たちと協議した結果。
『審判』と『節制』は放置する事にした。
メリディエス王国を支配してアングルス辺境伯領にちょっかいをかけようとしていた黒幕のインベルはすでにマルゴーの手先だし、配下のユスティアも自称私の騎士になってしまったので、下手につついて責任の所在を問われたらちょっと面倒な事になる。
本当にそうなったら彼らを拾ってきた『悪魔』と『死神』に後始末を付けさせるつもりだが、彼らはどうやら暗殺か破壊工作、またはそれらの下準備の調査くらいしか出来ないらしいので、その場合は人知れずメリディエス王国が滅び去る事になりかねない。
中々一般就職が難しそうな特技だが、胸を張って得意だと言える事があるだけいいだろう。私にはこの美しさ以外には誇れるものはない。逆に苦手なこともあまりないが、どれもそこそこにしか出来ないのだ。
『審判』も『節制』も今は完全に白い霧に魅入られており、正常な判断が出来る状態ではないらしい。
敵対して叩き潰すのであればやりやすいが、メリディエスと国として付き合っていくのなら少々やりづらい状態だろう、とのことだ。
何がやりづらいのかといえば、外交である。
外交とは国家間で行なわれる交際を総称して指す言葉だが、基本的に多くの場合交渉を伴うものになる。
そして交渉とは、相手との合意を目指してお互いに落とし所を探る行為だ。相手の意向がわからなければ落とし所も探れないし、交渉にはならない。
その点、白い霧に魅入られた『審判』たちは、一体何を考えているのかわからないのだ。落とし所が探れないのである。
聞けば、捕らえられた『教皇』たちの罪状は「城下で無用に煙を上げたこと」だったらしい。江戸の街よろしく火事を警戒していたのかな、と思えばそうではなくて、空気を汚すのが何よりも罪深い事だかららしい。過激派環境保護団体かな。
だいたい何にでも言える事なのだが、過激派というものは話が通じない。話し合えるなら過激な行動には出ないだろうから当たり前の事ではあるのだが。
話が通じないとなると交渉は出来ないので、当然まともな外交も出来ない。
何せ、煙を上げたら騎士団を寄越すような首脳部なのだ。何が地雷になるかわかったものではない。
そういうわけで、今すぐ滅ぼす予定がないのであれば、触れずに遠巻きにしておくことにした。
現状、インテリオラに対する賠償金の支払いに不備は見られないし、薪も魔石も売れている。何の問題もない。関係ないけど「薪も魔石も」って何かちょっと口に出して言いたくなるな。
「それは良いのですが、ギルバート様にはなんとお伝えするのですか?」
「……次期アングルス辺境伯ね。どうしようかしら」
どうしようかしらじゃないよ。預かるって言ったのだから最後までちゃんとしなさい。
「──そうね。王女マルグレーテの名に於いて、事態は終息したと宣言しておきます!」
何かかっこよく言っているが、そんなんでいいのか。これ、納期とかぶっちぎりまくりでどうしようもなくなった案件を、客先から催促が来ないのをいい事に強引にクローズ案件にしちゃったみたいな感じじゃないのか。客先も何かの事情で延期にせざるを得なくなったから何の催促もしないだけで、いざ必要になったときに一瞬で焦げ付く時限爆弾みたいなものだぞ。いいならいいけど。
◇
アングルス領の問題が片付いたとなれば、私たちは登校だ。
ユスティアが付いてこようとしていたが、学園には王族だろうと従者はひとりしか連れていけないため、置いていく事にした。私にはディーがいるので。
ディーと戦って自分のほうが強いことを証明するとか言っていたが、学園にいくのに戦闘力は必要ない。私の身の回りの世話が出来ればいい。戦闘はペットたちがしてくれるし、それでさえ必要になる事なんてまずない。前世でも学校には授業に関係ないものは持っていってはいけませんとか言われていたし。
そう考えると、自称騎士とか雇っても使い道が無いな。まあ暗殺者とか破壊工作員とかも別に使い道があるわけではないし、いつか何かの役に立つ事もあるだろう。なんならインベル同様、執事の教育をしてもいい。騎士服を着こなす長身のユスティアならさぞ執事服も似合うことだろう。私の美意識がそう囁いている。
ということでユスティアとインベルはブルーノに預け、学園に行き、日常を過ごした。
『悪魔』と『死神』は、今回は色々と迷惑もかけられたが、まあ元は私の指示が原因だし、何なら元凶も私だったし、きちんと仕事は評価してボーナスと休暇を与えておいた。と言っても2人とも特にどこかに出かけたりといった事はなく、マルゴー邸でだらりと寛いでいる。インドア派かな。いかにも陰の者である。そういうところだぞ。
働き者のクロウは本格的な精密加工機の開発に着手し、アマンダはエステの修業の傍らその手伝いをしている。
ちなみに、アマンダのエステ修業の実験台になっているのは『教皇』だ。
『教皇』は『正義』の性格が180度変わってしまった施術を受けるのを始めは非常に嫌がっていたが、それも最初のうちだけだった。並行して行なわれるアマンダの手による整体めいたマッサージも最初は叫び声が絶えなかったが、しばらくするとだんだん気持ちよくなってきたらしく、むしろ施術を楽しみにするようになった。
何でもそうだが、する方もされる方も、楽しんでやるのが一番である。
なので、アマンダの技術はどんどん上達し、『教皇』の身体はどんどん美しくなっていった。
もう一端の美少年と言って差し支えないだろう。猫背気味だった姿勢もシャンとして、卑屈で淀んでいた眼にもどこか自信が満ちている。
これならば、いつ母に会わせても問題あるまい。
まあ積極的に会わせる予定は無いが、最近の両親はフットワークが軽いのでいつ何時現れるかわからないのだ。
長くなりましたが、20章はここでおしまいです。
結社残党で(生き)残っているのはもう『世界』、『月』、『太陽』、『星』だけですね。
……ん? ……『星』?
どうしましょう。『星』は実は五つ子だったとかの設定にしましょうか。
ええ、いつものです。
よろしくお願いします。




