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ひとまず信頼できるらしい武力を手に入れた私は、さっそく件の使者に会ってみる事にした。
父にねだって領軍の指揮官クラスの鎧をもらい、ユージーンに着せた。貴族の使者と会おうというのに、いかにも傭兵然とした姿の護衛を引き連れているのは少々美しくない。仮にも貴族の使者を護衛の傭兵以下しか信用していないと取られるかもしれないし、マルゴー家は令嬢の護衛に無頼な傭兵しか用意できないのかと侮られる事もあるかもしれないからだ。
他の3名は戦闘スタイルと合わないから金属鎧は身に付けないそうで、準備したのだが着てくれなかった。
かといって傭兵の仕事着で近くに侍らせるわけにもいかないので、直接の護衛は基本的にユージーンのみとした。
そこで、チームの斥候役であるというサイラスと、人当たりのよさそうなヒーラーのルーサーには、今回の縁談を持ちかけてきた相手、アングルス伯爵の領地に行ってもらう事にした。
領主の家を探ることはさすがに不可能だろうが、領都やその周辺の事を調べる事で何かわかるかもしれないからだ。
2人には経費とは別に出張手当もあらかじめ渡しておいた。
今回の件に関する報酬は父から支払われているらしいが、特殊な仕事を頼むのであれば特別手当も必要だろう。それを命じるのは私なのだから、差分は私が出すべきだ。まあ、元は父から貰ったお小遣いなので元を辿れば父のお金なのだが。
幸い私はこれまでお小遣いを使った事がないので、一般的に見てもかなりの額を貯め込んでいる。歳が上の兄たちよりも私の方が多めに貰っている事もあり、ちょっとした商売ならゼロから始められそうなほど蓄えがある。
おそらく化粧品やドレス、装飾品などを買うようにと用立ててくれた小遣いなのだろうが、私は化粧などしなくても美しいし、何を着ても似合うため、そこにお金を使った事はない。
というか、新しいドレスや化粧品なら母や兄たちがよく持ってくるので自分で買う必要がない。
その母によってコーディネートされた私は、公的な来客用の応接室で使者を待っていた。
魔法使いだというレスリーは隣室で待機している。
使者が魔法的に余計な細工をしないか監視をする役割だ。
そういうものを防止する結界の張られた領主の館で、そんな細工が出来るほど能力がある魔法使いが縁談の使者などするとは思えないが、縁談の目的がわからないため念には念を入れてである。
魔法と言うのは、人類が魔物に対抗するために無くてはならない力の事だ。
女神より授かる、とされているスキルとは違い、こちらは後天的に習得する事が出来る。
一説によれば、魔法使いでない戦士が圧倒的な膂力を発揮できるのも無意識に魔法で肉体を強化しているからだとも言われている。
具体的に魔法でどんな事が出来るのかは各々の流派や戦い方によって違うし、その多くは流派ごとに秘匿されているが、わかりやすいところでは何もない所から炎や水を生み出したりといった事が出来る、らしい。
私も貴き者の手習いとして理論だけは教わっているが、自分で発動した事はない。危険だから決してやらないように、と家族からきつく言われている。私の美しい身体に傷でもつかないか心配なのはわかるのだが、いささか過保護に過ぎる。しかし家族に迷惑をかけるのは本意ではないので、言われたとおりにしている。
しばらくすると、屋敷の使用人がアングルス家の使者を応接室に連れてきた。
扉越しに入室の許可を出すと、案内してきた使用人が扉を開け、使者が入ってくる。
思っていた以上に若い男だ。
まだ成人していないのではないだろうか。
この国での成人は20歳である。
人類が歪な成長曲線を持っているせいか、この国ではその成長が落ち着いて初めて成人として認められる、という風潮がある。まだ14歳である私は当然未成年だ。
この使者も私より少し上くらいの年齢に見える。未成年を使者に据えるとは、辺境伯たる我が父を舐めているのだろうか。
と言っても使者は使者。
私も立ち上がって礼をした。
私の顔を見た使者と使用人が動きを止める。
そういえばこの使用人は我が家の者なのだろうが、会った事がない。私の顔を見るのは初めてなのだろう。
どうやら私の美しさのあまり、魅了されてしまったようだ。
若いからという事もあるかもしれない。使者と同じか、さらに若い。それに実に可愛らしい顔立ちをしている。
「っ、すみません。失礼しました。わ、私はアングルス伯爵家より参りました、ギルバートと申します」
「ええ。父より伺っておりますわ。どうぞ、お掛けになって」
ギルバートは一礼し、ソファに座った。
それを見届けた使用人はちらちらと私を盗み見ながら頭を下げ、部屋を出ていった。
躾が行き届いていない、とまでは思わない。すべては私の美しさのせいだ。彼が悪いわけではない。
ただクロードには報告しておくとしよう。
身内である私相手ならばまだいいが、これが他家からの来客を盗み見たとなれば大変に礼を失する態度である。矯正はしておく必要があるだろう。何なら練習相手になってやってもいい。私より美しい令嬢など居るはずがないし、私に慣れる事が出来れば誰が相手でも平常心で仕事が出来るはずだ。
使用人たちの教育については後でクロードと打ち合わせるとして、まずは使者殿だ。
軽く時節の挨拶などを交わし、さっそく本題に入る。
「何でも、私に縁談のお話を頂いたとか……」
「え、ええ、あの、はい……。そうなのですが……」
真っ赤になって俯く様は実に初々しいが、使者としてははっきり物を言えないのはマイナスポイントだ。やはり若すぎる。アングルス伯爵は何を考えているのだろう。
ギルバートの視線はちらちらと、床の絨毯と私の顔を行ったり来たりしている。
その度に彼の長い睫毛が揺れる。
こうして見ると、なかなか美しい顔立ちだ。私ほどではないが。
しかしこれなら、我が母の手にかかればそれは可憐に生まれ変わるのではないだろうか。
まあ私と違ってこれまで真っ当に男として生きてきたのなら、それは何の褒め言葉にもならないのだろうが。
それにしても、屋敷から出たことがない私だからかもしれないが、生まれ変わってこの方見目麗しい者にしか会ったことがない気がする。
やはりそういう人種なのだろうか。
だとすると、私が世界一美しいことに変わりはあるまいが、意外と後続との距離は遠くないのかもしれない。
「その、お、お元気そう、ですね」
「はい? ええ、まあ、お陰様で……」
ギルバートのお陰でも何でもないが、私が元気なのは確かだ。
この国ではあまり使われない言い回しだが、日本人だった癖がつい出て反射的に言ってしまった。やはり普段から他人と話す事に慣れていないとこういう時にボロが出る。
「あまりお加減がよろしくない、と聞いていたものですから……」
そういえばそういう設定だった。父からも「病弱な令嬢のふりをして」と言い付けられている。
だが問題ない。
美しい私は咄嗟の機転も利くのである。
「ええ、ええ。その通りですわ。恥ずかしながら、私は身体があまり丈夫ではありません。
そんな私などに縁談の申し込みがあったと父から聞いたものですから、つい舞いあがってしまって。はしたない所をお見せして申し訳ありません」
お陰様とはそういう意味だったのだよ、と言外に滲ませる。
「……そうでしたか」
するとギルバートは視線を落とし、顔をしかめた。
何かに耐えるかのような表情だ。
美形はネガティブな表情でも見栄えが良い。
私も鏡の前でよく百面相をしているのでわかる。
「実は……」
ギルバートが話しにくそうに口を開く。
「このようなこと、ご本人様を前に言うことではないとわかってはいるのですが……。貴女様を前に、黙っているのはあまりにも苦しすぎる。
実は此度の縁談、アングルス伯がお父上のマルゴー辺境伯に恩を売りつけようと考えて画策したことなのです。
病弱な令嬢であれば、この先まともな縁談など望めないだろうからと。
そんな貴女様をアングルス伯爵家次期当主の正妻として迎え入れ、それを恩に着せて、当家に力を貸してもらおうと……」
いかな病弱といえど大切な娘。きちんとした貴族と婚姻するというのは親としても望むところだろうから、とギルバートは言った。
父が私に対してそう考えるはずがないのでこの目論見は的外れなのだが、一般論で言えばわからないでもない。
結婚観が個人の自由を尊重される風潮であった前世とは違い、この国では結婚こそ幸せの象徴というイメージが定着している。
血を絶やすわけにはいかない貴族社会ではそれが特に顕著だ。
洗練された情報伝達技術が無いこの世界では、流行というものは基本的に上から下へとゆっくりと降りていく。
上に立つ貴族がそういうスタンスなので、自然と下々の民もそういう風に考えている。
やはり私への縁談はマルゴー家に恩を売る事だったようだ。
そしてユージーンたちから聞いた、私が父に溺愛されているという噂までは知らない様子。つまり、引き取り手のない病弱な令嬢を、次期伯爵夫人として引き受ける代わりに、アングルス伯爵家に力を貸して欲しい、ということだ。
では、力を貸して欲しいとは具体的に何なのか。
武力なのか、財力なのか。
武力、つまり領軍は辺境から引き剥がすわけには行かないので、貸すことは出来ない。
財力ならば多少の融通は利くだろう。
魔物素材など別に売るために採取しているわけではなく、単に駆除した結果得られているだけだ。
それが軍の兵士へのボーナスになっているのは確かだが、これまでの貯蓄もある。他家へ経済的な援助をする程度の蓄えなら十分に持っている。あまり公にはしていないらしいので、知っている者も少ないはずだが。
「しかし、そのような卑しい想いでマルゴー辺境伯に恩を売りつけようとするなど、貴族として恥ずべき行為でした……。何より、貴女のその顔が曇るのを見たくない……。
父には悪いが、やはり真摯にお願いする事と致します」
「ちち……お父上? と、おっしゃいますと……」
「はい」
ギルバートはソファに座ったまま、居住まいを正した。
「黙っていて申し訳ありません。私はギルバート・アングルス。アングルス伯爵が長子です。アングルス家次期当主であり、つまり貴女に婚姻を申し込んだのは、私です」