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「しかし『審判』と『教皇』はわかったが、『節制』はどうした。牢には居なかったのか。それと、『教皇』が捕らえられたのなら『正義』はどうなったのだ。奴らは行動を共にしていたはずだ」
インベルが『死神』にそう問いかけた。
「『節制』と『正義』はまた別の部屋に一緒にいた。尋問は手分けして同時に行なうつもりだったようだ。この事からも、『審判』たちが本気で『教皇』らを取り調べようとしていたことがうかがえるな。
ただ……」
そこで『死神』が言い淀む。
元々、結社では後ろ暗い仕事ばかりを請け負ってきた彼である。まあ私もあんまり明るい仕事は振れていないが、結社に居た頃はそれこそ目を背けたくなるような凄惨な現場ばかりだったはずだ。
そんな彼が言い淀むとは、一体どんな恐ろしい光景を目にしてしまったというのか。
「……『正義』の様子がおかしかった。奴は寡黙で、必要なときにだけ必要な剣を振るうという、実直だが悪の結社では使いにくい女だった。
それが、なんというか……鬼気迫る様子で、ひたすら同じ言葉を繰り返していた」
悪の結社とか、自分の古巣をそこまで言うか。
間違ってもアルカヌムは正義の結社ではなかったので、合ってはいるが。ていうか、なんでそんなところに『正義』なんていうコードネームの人がいるのか。
もしかして、自組織内で扱いづらい人を呼ぶ隠語だったりしたのだろうか。『正義』さんかわいそう。
これでいくと『審判』だの『節制』だのも悪の結社っぽくないコードネームなので、まとめて冷遇されていたりしたのかもしれない。
アルカヌムを叩き潰したのは我が家であったが、あるいは組織の主流から外れていた事で彼らは生き延びる事が出来たのかもしれない。戦えば生き残れない、というやつだ。なんか違うな。まあいいか。
「あの寡黙な『正義』が……しかし確かに、『正義』の様子はおかしかったな。あれには『教皇』の監視も言いつけていたのだが、いつの間にか2人で私に反抗するようになっていた。いきなり帰ってこなくなった『審判』も『節制』もおかしいし、私以外は皆おかしくなっていたな」
『皇帝』は手術が終わって目が覚めると、ひと目で私を上位者と見抜き礼を尽くしてきた。なかなか出来ることではない。彼だけがまともだったのは間違いないだろう。まあ、見た目はちょっと、個性的になってしまったが。
「やはり何者か、彼らをおかしくさせてしまった第三の黒幕が存在すると考えたほうが良さそうですね……」
だとしたら、なんて恐ろしい存在なのだろう。
結社の幹部といえば、恐ろしい魔物と生存圏を懸けた戦いが日常の一部になっているマルゴーと比べれば少々頼りない感じもあったが、現在の『悪魔』たちの活躍を見れば分かる通り、そのポテンシャルは非常に高いものを持っている。
そんな彼らを、一番近くにいたであろう『皇帝』インベルにさえ気取られないよう籠絡してしまったのだ。圧倒的な実力差がなければそのような事は出来まい。
もしや、メリディエスにも大陸北方の魔の森のような濃密な瘴気の溜まり場でもあるのだろうか。そんな話は聞いたことがないが。
「何か、その黒幕に関する心当たりなどはありませんか、インベル」
「は。心当たり、と言われましても……」
インベルが首を傾げる。
「別に、特定の人物だとか組織でなくても構いません。『教皇』さんたちがおかしくなって、インベルがおかしくなっていないのであれば、きっとその黒幕は貴方には接触しないよう慎重に行動していたはずですから。
ですが、『教皇』さんたちと行動を共にしていたのでしたら、貴方は彼らがおかしくなっていく様子も目の当たりにしていたはずです。どんな小さなことでも構いませんから、何かその頃に変化のようなものはありませんでしたか?
また、『審判』さんたちと『教皇』さんたちは現在対立関係にあるようですが、どちらが先におかしくなったのか、わかりませんか?」
「それでしたら……『審判』たちが我らが仮住まいに帰還しなくなったのが先ですね。あの時点でおそらくおかしくなってしまっていたのでしょう。その事について、『教皇』と話した事があります。その時は『教皇』の様子はいつも通りでした」
帰還しなくなった、ということは、もしかしてアングルス領への調略が上手くいかなかったから帰れなかったのだろうか。友達に忘れられていただけで片腕を切り落としてしまった『悪魔』といい、結社の幹部は意外と繊細だな。
しかし、そうだとするとお土産に持たせてやった加湿器はどうしたのだろう。あれは元々、他者による洗脳を防御するためのアイテムであった。
あれさえあれば、『審判』たちも『教皇』たちもおかしくなってしまうことはなかったはずだ。
副作用として軽めの依存性があるが、洗脳されるよりは遥かにマシである。
「……ああ、そういえば」
「何か思い出しましたか」
「いえ、大したことではございませんが、『教皇』と『正義』の様子がおかしくなり始めたのは、下層に出回り始めた安物の薪を買うようになってからだったか、と。私は炊事が出来ませんので、煮炊きは全てあの2人に任せておりましたから、確かな事は言えませんが。
その薪を使うようになってから、2人はよく用もないのに薪を燃やして竈の炎を見つめて……いえ、偶然でしょう。お忘れ下さい」
「やすいまき……」
王城が魔石を買い占めているメリディエスの現状を考えれば、薪が高騰する事はあっても安くなる事はありえない。
その状況下で安い薪が出回るとなれば、それは王都以外から運ばれてきた物としか考えられない。
その場合でも輸送料や仲介手数料は相応にかかってしまうから、よほどのことが無い限り普通に王都近郊の薪を買うよりは高くなってしまうはずだ。しかし、今はまだ夏。そこまで王都の薪は値上がりしていない。
となると、そもそもの原価が非常に安い薪がどこからともなくやってきたとしか考えられない。
ていうか、タベルナリウス商会のやつですよね、それ。
乾燥機に、この薪を燃やした炎を見て少しでも安らぎを覚えて欲しい、という願いを込めたような覚えがあるが、まさかそのせいだろうか。
しかし仮にそうだとしても、安らぎと暴動では方向性が真逆だ。
いや、暴動というのは一面的な見方の話で、実際は騎士団による一方的な弾圧だったな。抵抗も下層の住民というより街の衛兵たちによるもので、住民が直接抵抗した話は出ていない。
「──炎、だと? 待て、そういえば、王城で『正義』が繰り返していた言葉は「霧」と「炎」だったな。無関係とは思えない」
霧もほんのり心当たりがないでもな──
「──ひゃん!」
と思っていたらグレーテルに脇腹を突かれた。
急にされたので変な声が出てしまった。




