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しかしグレーテルが悲鳴を上げたのも無理はない。
現れた『皇帝』は、そのシルエットからしてすでに人からかけ離れていたからだ。
五体のうち、失った左腕以外は以前と変わりない。
ただ顔にはクロウの物とよく似たゴーグルのようなものを付けているが、グレーテルは元々『皇帝』と会ったことがないのでこれは関係ない。
問題なのは左腕だ。
これについてはさすがに再生させるとか切り落とされた腕をくっつけるなどと言った治療は行なえず、切断面に止血と縫合の措置をしてそのまま治癒させるしか無かった。
しかし今後義手などの利用を視野に入れて、専用のアタッチメントを付けておいた。
これはクロウの故郷、魔大陸で研究中だった技術を応用したもので、現在はまだ肉体側の拒絶反応が酷く実用化には至っていないらしいのだが、施術中に成功するよう祈っていたら偶然にも拒絶反応が一切起こらずアタッチメントの接合が出来た。それどころか、反応が良すぎて何かちょっと癒着してしまったみたいで、アタッチメントはすでに『皇帝』の肉体の一部のようになってしまっていた。
こういう経緯で、皇帝は片腕が無いものの、短時間で日常生活を送れる程度には回復することが出来たわけだ。
しかしグレーテルも一国の王女。片腕が無いだけで悲鳴を上げる事はない。
せっかく専用アタッチメントが適合したのだから、義手も用意してやりたい。
そう考えた私とクロウは、かねてよりクロウが開発していた大型の加工用機械のアームを流用することにした。
これは元々は工場の製品をより効率的に生産することを目的として開発されていたもので、前世で言う複合加工機に近いものである。開発には私も口を出させてもらい、魔大陸の技術と前世のアイデアを融合させた画期的な工作機械に仕上がる、予定である。
『皇帝』用の義手はその試作機のパーツから流用したもので、部品を保持するためのロボットアームと加工用の回転主軸が肘の部分で枝分かれするようになっており、肘をまるごと回転することで素早く切り替えができるようになっている。
当然非常に重いため、普通に歩くにはバランスが悪すぎる。また長さ、大きさもあるので、左腕は常に床に接した状態になってしまう。先程ギャリギャリ鳴っていたのは床材とこの腕が擦れる音だ。
シルエットが人からかけ離れていた、というのは左腕が無い事ではなく、そこに異常な形と大きさの腕が生えていたことを指しているのだった。
「──お呼びでしょうか、マイ・レディ」
ギャリリ、と巨大な左腕を前方に回し、『皇帝』は私に向かって優雅に一礼してみせた。
まあギャリギャリ言っているし身体のバランスが悪すぎるので優雅というのとはちょっと違うが、そうあろうと本人が努力している事だけはうかがえる。
『皇帝』は渦から引っ張り出した後も意識が戻らず、手術が終わって容態が安定した頃に目を覚ました。
彼の記憶はメリディエス王都で『悪魔』に倒されたところで止まっている。おそらく、そこで片腕を失った事か、少なくとも致命傷を負った事までは覚えていたのだろう。
それが目を覚ましてみれば、一命を取り留め、不自由ではあるものの起き上がって行動出来るまでに治療されていた。
そういう理由だと思われるが、彼は責任者である私に深く感謝し、忠誠を誓うとまで言ってくれたのである。
彼は同じ組織の人間とは言え『死神』や『悪魔』と違い、どこかできちんとした教育を受けた事があるかのように礼儀作法が身についていた。
本人がやりたいというので執事の真似事をしてもらうことにし、サイズが近かったマルゴー別邸執事ブルーノの服を貰い、着てもらった。
頭部のゴーグルや異様な左腕など、執事にしては多少の問題があるが、ブルーノはマルゴー家に雇われているだけで私の部下ではないし、『悪魔』たちにやらせるよりは幾分かマシなので執事見習いとして採用することにした。
『悪魔』との間の確執を取り除くのには苦労したが、最終的に「ボスである私に迷惑をかけるわけにはいかない」ということで和解してもらった。それ和解したって言うのかな。
『悪魔』については、『皇帝』が自分のことを忘れていたわけではなく本当に本人だとわからなかっただけだと判明したので、それなりにホッとした様子だった。
「ご苦労さま『皇帝』さん。いえ、インベル。
グレーテルは初めて会いますよね。こちら、最近うちに就職したインベルさんです。ちょっと不幸な事故で怪我を負ってしまいましたが、今はご覧の通り元気に働いてくれています」
「え、ええと……。そ、そうなの……。
あの、聞いて良いのかどうかわからないのだけれど、その腕は一体……?」
「──それは私から説明しよう」
『皇帝』改めインベルの後ろから、主治医として付いてきていたクロウが答えた。いや主治医じゃなくてメインメカニックだったかな。どっちでもいいか。
「彼には、現状私が生み出せる最高の腕を用意した。まあ開発目的が開発目的だったので少々ゴツくて余計な機能がついているが、今後、彼の仕事に合わせた専用のアームを作成していくつもりなので、そこは安心して欲しい。
このアームは見ての通り、彼の左肩にアタッチメントで接合された状態にある。動力源は魔石で、ここの蓋を開くと──」
クロウは詳しく説明を始めるが、多分グレーテルが聞きたいのはそういう事ではないと思う。
「──さらにこの腕の素晴らしいところは、回転主軸の微細な振動を検知して都度修正を行ない、機械の誤差が製品に与える影響を最小限に抑制し──」
自分で余計な機能と言っていた部分の説明まで自慢気にする始末である。
まあそちらの性能に関しては以後工場で役立つ技術であろうから私は助かるのだが。
「──と、言うわけだな。しかも脳波コントロール出来る」
それが出来ないと、これほど巨大な機械を動かす事など到底出来ないから当たり前である。特に主軸の回転数制御とか。いや、別にそれは必要ない機能なんだけど。




