20-22
信頼と安定の『死神』と『悪魔』をメリディエス王国へ派遣して程なく、何故か『悪魔』だけが戻ってきた。
メリディエス王都での暴動はまだ終わっていないようだし、『死神』も戻ってこないし、なぜ『悪魔』だけが戻ってきたのだろうと思っていたら、何やら大きなお土産を抱えていた。
「……なんですか、これ」
「いや、見ての通りだ。片腕が無くなっちまってて、今にも死んじまいそうでよ。一応、重要参考人……かも知れない可能性がある奴だから、何とか生かしてやれんもんかと」
かも知れない可能性がある、とはまた、曖昧にも程がある言い方だ。
あまり見たいものでもないが、我慢してよく見てみれば、重要参考人(仮)の左肩には幾重にも布のようなものが巻きつけられており、必死に止血をした跡がうかがえる。本人が出来るとは思えないし、止血してやったのは『悪魔』なのだろう。
「ええと、つまり貴方は、大怪我をして倒れていたこの男性をどういうわけか重要参考人だと考え、応急処置をしてわざわざ国境を越えてアングルス邸までやってきたということですか?」
随分とお優しい事だ。が、『悪魔』の性格を考えるとどうもしっくりこない。そんな博愛主義ではなかった気がするのだが。
「いや、そういう訳じゃねえっつうか、大怪我をさせたのも倒したのも俺なんだが……」
「え、どういう事ですか? 重要参考人を何だと思ってるんですか?」
場合によっては被疑者がほぼ確定している人物に対して重要参考人と呼ぶこともあるが、被疑者だからといって何をしてもいい訳ではない。大怪我をさせて倒してしまうなど以ての外だ。
あと、それ以前に私が指示したのはメリディエス王都での騒動についての偵察なので、具体的な被疑者がいるような問題とも思えない。この男性が1人で暴動を起こしたりそれを鎮圧するために騎士団を派遣したりしたとでも言うのだろうか。
「重要参考人だから倒したって訳でもなくてだな……」
「ということは、倒してしまってから重要参考人だと気づいたって事ですか? つまり、その時点では何の罪もないだろうと思われる一般市民をいきなり攻撃して倒してしまったんですか? 何考えてるんですか……」
おかしいな。
うちに来る前の事ならともかく、うちに来てからは『悪魔』と『死神』の仕事はかなり確かなものだった。そんな短絡的な行動を起こすような人間だとは思えないのだが。
「ちょ、待ってくれ! そういう言い方をされると俺がいきなり通行人に斬りかかる異常者みてえに聞こえるだろ!
そうじゃねえんだ。こいつは元々俺の──俺や『死神』の知り合いなんだよ。『恋人』、アマンダもそうだな。あと『隠者』もだ。アインズだっけか、今は。
それが混乱中のメリディエス王都にいたもんだからよ、詳しい事情が聞けるかも知れねえってんで声かけたんだよ」
『悪魔』、『死神』、『恋人』、『隠者』。
その4人の知り合いとなると、結社の構成員ということか。
いや、たまたま共通の知り合いなだけで全く結社と関係のない人間という可能性もあるが。
例えば私とかまさにそうだし。一般人だけどなぜか元結社の構成員が寄ってくる体質。名探偵かな。
「で、声をかけたのはいいんだが、俺のことわかってもらえなくてな。いや、お互い仮面付けてなかったからよ。元々、顔知らねえんだよ」
「人違いだったのでは?」
「いや、それはねえ。俺が結社の関係者だとわかると態度を変えやがったからな。雰囲気と立ち振る舞いからして、こいつが結社の幹部の一人、『皇帝』であることは間違いねえ」
なるほど。
『悪魔』の報告を全て信じるとして、まとめるとこういう事かな。
「……つまり、旧友だと思って声をかけたはいいけれど、自分で思っていたほど仲が良くなかったせいか、こちらはわかったのに向こうはわかってくれなかった。それで諍いになって、勢い余って片腕を切り落としてしまったと。
なんというか、2時間サスペンスドラマのクライマックスみたいな自白ですね。そろそろムーディーなテーマソングでも流しますか?」
「2時間……なんだって? ボスの言うことは時々よくわかんねえな……」
「私にとっては貴方が言っていることのほうがよくわかりませんが……」
なぜ覚えられていなかっただけで刃傷沙汰に発展してしまうのか。
心が繊細すぎるにも程がある。
「それと、貴方の事を覚えていなかった友人がなぜ重要参考人という話になるのかもよくわかっていません。
友人に覚えられていなかった悲しみは理解しますが、犯してしまった罪を無かったことにするために嘘をつくのはよくないことですよ」
「だから違うんだって! こいつは『皇帝』って言って、基本的に自分以外の配下を動かして陰謀を巡らせるタイプの幹部だったんだよ。
そんなやつが騒ぎの中心で、何かから逃げるみてえに走ってたんだぜ。絶対こいつが何かやったに決まってる」
「……たとえ相手はそう思っていなかったとしても、貴方は彼をお友達だと思っていたのでしょう? でしたら、確たる証拠もなしにお友達をそのように疑うのは良くありませんよ。まあお友達じゃなくてもそうやって疑ってかかった挙げ句に片腕を切り落とすとかどう考えても良くないですけど」
「とにかく、こいつから話を聞いてみりゃわかるって! 多分、俺が言ってる事が正しいってことがよ!
つうか、早く何とか処置してやんねえと、こいつマジで死んじまうんだが」
「……そうでした。一刻を争う事態でしたね。ええと、でも私には医療の心得なんてありませんし……。
あ、そうだ。クロウは自身の失った視力を復活させた実績がありますし、彼に頼めば何とかしてくれるかもしれません。
今、渦を出しますから、放り込んでください」
クロウ「……私を何だと思ってるんだ」




