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「──何を遊んでいる、『悪魔』」
「ああ? ああ、『死神』か。いや、別に遊んじゃいねえよ」
「勤務時間中にボスに命じられた事以外の行動を取っているのなら、それは遊んでいるということだ。この件はきちんと評価シートにも書いておくからな」
ミセリア商会には評価シートと呼ばれるものがある。
商会では従業員同士でお互いを評価しあい、その結果が昇給や昇進、ボーナスの査定に影響するというシステムになっており、評価シートはその判断の材料のひとつになっている。
商会の仕事は、どの部門も基本的に2人以上のチームで行なう事になっているために可能な事だった。これは『死神』たち裏工作部門も同様である。
もちろん、パートナー同士やチーム内で話し合い、不当に高い評価シートを書くことは可能だ。
しかし、チームごとの稼働実績は別途算出されているし、実績に見合わない評価が書かれていれば、それが適切でない事は誰にでもわかる。それはそれでチーム全体の評価を下げる結果に繋がるため、評価シートを適当に扱う者は居なかった。
実のところ、雇われ者同士でお互いを評価し合うという考え方自体があまりに先進的であるために、ミセリア商会の新人研修においてもっともネックになっているのがこの部分であった。
通常、新人の研修にそれほど時間をかけられる組織は少ない。徒弟制度とまでは言わないが、仕事を覚えさせる事と実際の仕事をさせる事を並行して行なう組織がほとんどだ。なぜなら、人を育てるという行為には相応のコストがかかるものであり、多くの組織にはそのような時間的・経済的余裕がないからだ。ましてや、他人を評価するという、一見何も生み出さないように思える技術のためだというのならなおさらである。
しかし、ミセリア商会であれば話は別だ。事業立ち上げ時の資本金こそ実家や提携商会から融資を受けていたが、現在はそれも全て返済されている。その返済分を支出として計上した上でさえ純利益は右肩上がりの成長を見せていたほどなので、返済が終わった現在の収益は凄まじいものがある。
なのでこれは、実作業者以上の人件費を抱えても問題なく運営できるだけの体力を持つミセリア商会だからこそ可能なメソッドなのだった。
「ちょっと待てって。評価は最後まで話を聞いてからにしてくれや。
ほれ、こいつだよ。何となく見覚えあんだろ。こいつ、『皇帝』だぜ」
そう言われ、『死神』は片腕を切り飛ばされて気を失い倒れている男を見る。
『皇帝』と言えば、かつての結社で直接的な力の行使のための実行部隊を任されていた者だ。大人数の指揮を執るためのスキルを所持していたはずだ。
それが何故こんなところで1人でノビているのか。
そもそも、暗殺などの1人作業が多かった『死神』は真逆の業務を行なう『皇帝』とはそれほど話した事がない。
顔など知らないし、言われてもわからない。
「……仮面が無いようだが」
「あんなもん飾りだろ。街なかであんなもん付けてたって逆に目立つだけだわ。そんな奴がいたら、例え正体がわからなくても「あ、結社の人間がいる!」って丸わかりになっちまうだろ。特に敵対者には」
「まあ、そうだが」
以前はそれでも問題なかった。
なぜなら結社の存在を知るものは、協力者以外は全て滅ぼしてきたからだ。ゆえに正体不明の仮面を付けていてもそれを結社と結びつける者など居なかった。
しかし、マルゴーに手を出し始めてから状況が変わった。
死なない敵対者が現れたのだ。
殺しきれない、という意味では聖シェキナ神国も同じなのだが、あちらは始めからそれがわかっているため、積極的にちょっかいを出すことは無かった。
しかし、マルゴーは違う。
結社での認識も、インテリオラという王国の一地方に過ぎないというものだった。そのマルゴーの向こうには大陸最大級の魔物の領域が広がっているが、それはつまり人類領域の北端という意味であり、それ以上の価値はなかった。
次々に消えていく、マルゴーに関わった幹部たち。
ついには結社の本拠地までもが滅ぼされ、事実上の崩壊にまで追い込まれてしまった。
と、これは『恋人』──アマンダから聞いた話だが。
『死神』たちはその頃、マルゴーの地下で湿った休暇を楽しんでいたので知る由もないが、ほとんど他者から攻撃された事が無かった結社の幹部たちにとって、その恐怖はいかばかりだっただろう。
目の前の男が本当に『皇帝』なのかどうかは知らないが、そうだとしたら確かに『悪魔』の言う通り、仮面を付けていないのはマルゴーの手から逃れるためなのだろう。
「評価っつーならよ。むしろ『皇帝』を捕まえた点でプラス査定をして欲しいところだな」
「……捕まえた? こいつが本物の『皇帝』かどうかはともかく、もうすぐにでも死んでしまいそうだが」
満足に治療も出来ない状況で片腕を失い、生き続けられる人間は少ない。
意識がないのが何故なのかにもよるが、仮に失血によるものだとしたらもう長くはないだろう。
「おっと。そうだった。早くどこかに連れてって治療してやらんとな。お前はどうする?」
「俺はボスの命令通り、この街の様子を探る。
騎士団の動きが妙だからな。何か明確な目標があるわけではなく、そこらの民家に適当に押し入っているように見える。かと言って手当り次第の全ての民家ではないところがまた不自然だ。何か、騎士が押し入る民家には条件があるのかもしれない。
もし、反政府組織の協力者を見分ける何かしらの条件があるのなら、それがアングルス邸にもこっそりとマーキングされていないとも限らんからな」




