20-16
「どうしますかって言われても、どうしたらいいのよ」
「どうしたらいいのよって言われましても。結局どうしたいんですか?」
こればかりは本人に聞いてみないとわからないので、というかグレーテルが何を考えて解放軍との交渉を勝手に預かっちゃったのかわからないので聞いてみた。
「ど、どうしたいとかは、別に……」
「え、無いんですか? 何か、王女として対メリディエス戦略に展望とか策とかがあるから預かる事にしたんじゃないんですか?」
「だ、だって……。あの時はなんか、今なら何でも出来そうな気がするって思って……」
確かに。
あの時のグレーテルは、イェソドの力が混じってしまい、髪もオシャレなメッシュになって調子に乗っていた感じだった。
イェソドの力は、学園にマルゴーの悪い噂を蔓延させたり、ノーマルだった頃のグレーテルに幻覚を見せて身体を火照らせたりと、他者の認識を強制的に書き換えるようなものだ。いや、言うほど大したことしてない気がするな。よくそんな力で調子に乗れたものである。グレーテルもその力を得てからしたことと言えば、アングルス邸を水浸しにしても怒られなくなったくらいだし、スケールが小さいにも程があるな。
「……グレーテル。何でも出来る人間なんて、居やしないんですよ」
「……そうね。それは思い知ったわ。今回だって、敗戦国のレジスタンスとの交渉かと思ったら、こっちを洗脳しようとしてくるし、抵抗したら一切連絡来なくなるし、かと思ったらいきなり事態が動き始めるし……。訳がわからないことだらけだわ」
「私だっていつも訳がわかってないうちに色々終わってしまっていますよ」
これは本当にそう。だいたいいつも、よくわからないうちに物事が解決していたり、みんな死んでしまっていたりする。いや、死人が出てる時は流石に何となくは把握しているけど。
「王族の方や高位貴族の方でしたら、そういう事もお有りでしょうね」
フォローするようにギルバートがそう言った。
普通の高貴な令嬢だったらそんなものかもしれないな、と思いつつ、そう言うギルバートだって今は相当高位の貴族の一員なのだが、とも思った。
「差し出がましいようですが、私の意見を述べてもよろしいでしょうか」
ギルバートはさらに謙って言う。
そんなに下手に出なくても、アングルス家は辺境伯だし、格としてはウチと同格だ。しかもギルバートは次期辺境伯が内定しており、一生ニートが内定している私と比べると遥かに格上である。グレーテルは王族ではあるが、彼女も一生ニートが確定しているので、場合によっては次期辺境伯のギルバートの方が重要な人材だと言える。
ていうか今回の件はグレーテルが勝手に預かるとか言っただけで、本来はギルバートが処理すべき案件である。彼はもっと尊大に振る舞ってもいいと思う。
「……そうね。長年国境で暮らしてきたギルバート卿なら、有用な考えがあるかもしれないわね」
そしてなんでグレーテルはこんな偉そうなのか。
「ありがとうございます。
現状、メリディエス王国で起きている異変は限定的なものです。我が国に対する影響としては、軍事的には特には無いと思われます。政情不安によって王都の税収が低下し、賠償金の支払いに遅れが出る事くらいでしょう。タベルナリウス商会やマルゴー領など、メリディエスと大口の取引を行なっているところには経済的な影響も出るかも知れませんが……。それもここ最近始まった動きですし、どちらもある程度のリスクは織り込んで取引を行なっているはず」
「……なるほど」
聞きながら、グレーテルが私の方をチラ見する。
もしかしてマルゴーの名が出てきたからかな。
「あの。マルゴーの魔石のことでしたらお気遣いなく。我が家の本業は領主であって、魔石の輸出は副業に過ぎませんので」
アパートの大家みたいなものである。
不労所得と言えれば楽なのだが、領主の仕事には領民の安全保障も含まれているため、働かずにはいられないのが難点だ。
あと、辺境伯は国家全体に対する安全保障の一部も請け負っているので、その分の仕事と俸給もある。
国から得られる俸給には、一族を養って次代を担う人材を確保するという目的のために支給されている面もあるので、長兄ハインツや次兄フリッツへの給料や私やフィーネへの小遣いなどもここから出されている。兄2人については仕事内容的にもしかしたら領内の税収からも支払われているかもしれない。
そう考えると、不労所得はむしろ私やフィーネだけだと言えるかもしれないな。
私に至っては自分の商会もあるので、そこからの収入もある。あちらも基本的に何もしなくても誰かが回してくれているので働く事はあまりない。
ただ日々を漫然と過ごしているだけでお金が貯まっていく男の娘。それが私である。
「……それ、タベルナリウス侯爵の前で言ってはだめよ」
「……どれの事ですか?」
ちょっと考えが飛んでいたせいで一瞬何を注意されたのかわからなかった。
私がそう答えると、グレーテルは諦めたように肩をすくめた。何なの。
「ええと、続けてもよろしいでしょうか」
「あ、ごめんなさい。お願いするわ」
「はい。今申し上げました理由から、現状では我が国への影響は軽微であると考えられます。
前回の教訓を踏まえ、国境沿いは我が騎士団が常時警戒しておりますから、多少の問題が起きたとしても対処は可能と考えます。ですので──」
「ですので?」
「──ここは見に回るべきかと」
なるほど。
さすが長年戦争が無かったメリディエスとの国境を守ってきた辺境伯の次期当主は慎重だ。
だが、余計なちょっかいを出して問題をこじれさせるよりは良い気がする。
「……ギルバート様のおっしゃる通りかもしれませんね。では私も配下の者をメリディエス王都に偵察に出すとしましょう」
「マルゴーの?」
「いいえ、個人的な。そうミセリア商会の従業員です」




