20-15
マルゴーの魔石とタベルナリウスの薪の売上は順調だ。
結局、強制薪乾燥機は一台で十分以上の仕事がこなせるということで、タベルナリウス侯爵はあの試作機しか受け取ってくれなかった。
しかしこと商売において誠実かつ悪辣である事を信念としている侯爵は、薪が売れる度に私のミセリア商会に利益の一部を支払ってくれていた。侯爵が指示した薪の値段はまさに薄利多売といった値段設定がされているらしいが、関税を加味しても十分利益は出ているのだという。そしてそれは私が供出した乾燥機のおかげであるらしい。そういう理屈で、特に何の契約も交わしていないというのにミセリア商会にも甘い汁を吸わせてくれているのだ。
ちなみに何が悪辣なのかと言うと、その安い値段で継続的に薪を輸出してしまうと、メリディエス王都周辺の木こりさんたちの薪が売れなくなってしまい、彼らの職を奪う結果になってしまうからだ。
タベルナリウス侯爵がどのくらいの期間薪を売るつもりなのかはわからないが、数ヶ月とかの単位で収入が途絶えてしまったとしたら、木こりの皆さんもおそらく多くは生活のために転職してしまうだろう。そうなれば仕事道具も処分してしまうだろうし、もし急に薪を生産しなければならなくなったとしてもすぐには出来ないはずだ。まあ、薪を作っているのが木こりなのかどうかは知らないのだけど。
いずれにしてもこの先、仮に冬に差し掛かった頃に侯爵が気まぐれで薪の輸出を止めるような事になった場合、メリディエス王都は寒さに凍える事になる。
不当に安い値段で取引をし、現地の産業を焼け野原にする。これを専門用語でダンピングと言います。まともな貿易だったら制裁措置を受ける十分な理由になるものである。
現在はインテリオラの圧倒的優位で外交関係が維持されているので、たぶん報復される事はないだろう。どのみち薪は買わなければやっていけないだろうし、そんな余裕もないだろうけど。
またその薪なのだが、一体何をそんなに暖める必要があるのかというほど異常な量が買われているらしい。
ただ、これを買い上げているのは政府ではなく街の人々だそうだ。
むしろ、政府側は過度な薪の流通に難色を示しているらしい。
しかし燃料が生活に必要不可欠であるのは確かだし、その燃料の魔石を独占している政府が下手に薪の流通に介入しても何も良いことはない。
あれ以来全く何の音沙汰もないので果たして本当だったかすら朧げになりつつあるが、メリディエスの反政府組織というものが実在しているのだとしたら、いたずらに彼らを刺激しかねない。
まあ政府が薪を敬遠するのはわからないでもない。
薪というのは実にオーガニックで、きちんと山林の管理が出来るなら持続可能なエネルギー源になりうるポテンシャルを秘めてはいるが、コストや大きさに比べて得られる熱量が極めて少ないところがネックである。
煙や排ガスの問題もあるし、延焼の危険もある。
管理が容易な魔導具の方が家具には向いているのだ。
いや、そういえばマルゴーが輸出している魔石は元は天然資源であり、今は牧場で管理され採取されたものなので、あれもクリーンなオーガニックエネルギーと言っても過言ではない気がするな。
今さらかもしれないが、前世で世界中が求めていた持続可能な開発目標の答えはこの異世界にあったのだ。
人工魔王の瘴気で太らせた魔物たちから上質な魔石を収穫し、これを利用したエネルギーで世界経済を回す。
フォアグラとかも似たような作り方だと聞いたことがあるし、人間のやることなんて本質的にはどこでも同じなのだなと思った。
ちなみにフォアグラを抜いたあとの肉はマグレ・ド・カナールという名前で流通していて、それもたいそう美味しいそうなのだが、我がマルゴー領では魔石を抜いたあとの肉は魔王の餌にしています。持続可能な社会とはこういう事なんですよ。まさに永久機関。この世の地獄かな。
◇
学園に通うのも大事なのだが、たまにはアングルス領の様子も見に行かなければ。
ということで、グレーテルを連れてアングルス邸にお邪魔した。
あの2人のテロリストはやはりあれ以降アングルス邸には現れていないらしく、ギルバートからはそのように伝えられた。
しかし、メリディエス王国に何の動きも無かったわけではないらしい。
「──暴動、ですか?」
「どうでしょうか。これは父からの情報なのですが、どうやらメリディエスの王都で騎士団が出動する事態が起きたのは確かであるそうなのですが、暴動のような騒ぎの鎮圧が目的だったのか、別の何かが目的だったのかははっきりとはしていません。と言いますのも、市井に暮らしている人の印象では、騒ぎが起きたのはむしろ騎士団が出向いてからだということでして……」
「ええと、つまり騒ぎを起こしたのは騎士団の方、って事なのかしらね。どう思う? ミセル」
騎士団というと、有り体に言えば体制側が運用している軍事力の事である。
メリディエス王国の事はよく知らないが、インテリオラと同じだとすれば、王都の騎士団なら王家の直轄軍と考えてだいたい間違いないはずだ。
そんな軍隊が出動して、それから騒ぎが起きた、となると。
「……潜伏していた何らかの反社会的組織を騎士団が摘発したから小競り合いに発展した、ってことでしょうか」
「それってつまり……」
「おそらく、騎士団に襲われたのはユウキ様たちメリディエス解放軍と見て間違いないでしょう。
どうしますか、グレーテル。この問題、貴女がまるっと預かっちゃってるんですよね」




