20-13
カフェでの雑談後、ユリアから「父も会いたがっているから」と言われたので侯爵邸にお邪魔する事にした。
私は表向き長らく王都を不在にしていた事になっているので、確かに言われてみれば侯爵には挨拶に行くべきだ。
商業ギルドの理事としての仕事──まあ会合に出て理事長タベルナリウス侯爵の意に沿うよう手を挙げるだけの仕事だが──も満足にできていないし。
なお会合では私の分の票は委任状に基づいてタベルナリウス侯爵が投じていたらしい。私いりますかねそれ。
ちなみにグレーテルも付いてきた。いや貴女は王城に帰りなよ。
◇
「──いや、しかしミセリア嬢がお元気になられてよかった! もちろん、マルグレーテ殿下もですぞ」
冗談めかして侯爵が言う。
主筋の王女をまるで添え物のように付け足して言うあたりに、この会談が非公式のものであり、侯爵がそれだけ私を重用してくれている事を感じる。なんか最近非公式の会談ばっかりしてるな。そういえば私もグレーテルも本来は公的な場に出る予定がない隠された子だった。そう考えるとこっちの方が正しいのか。
ここ数週間におけるおおまかな市場と経済の動きについて侯爵と話し合う。
グレーテルもユリアも退屈なようで、2人は学園のゴシップについて話していた。それでいいのか王女と侯爵令嬢。
話は自然と、マルゴーが供出する魔石とタベルナリウスが売りさばく薪の話題に移っていった。
「薪というものは、木を切り倒したとてすぐに作れるものではない。よくよく乾燥させ、分断し、使える状態にしてやらねば売り物にはならない。我が商会の傘下にはそうした商いをしているところもいくつかあるので、今はそれらに資金を与えて用意させているが……。正直、先は見えている。マルゴーが魔石を融通してくれているおかげでインテリオラでは薪の需要が下がっているから、その分を輸出することで今は儲けを出せている。冬になればメリディエスではもっと需要が高まるはずだ。しかし、冬まで市場を支え続けられるほどの量はない。今から準備をしたとしても、到底冬には間に合わん。かと言って、この商機を逃すのも惜しい……」
そう呟く侯爵の鋭い目は、しかし言葉とは裏腹に単に商機のためだけに行動しているのではないように見えた。
どこか、父が魔物の討伐に向かう時に見せる決意を秘めた横顔に似たものを感じる。
もしかしたら、侯爵は侯爵なりにインテリオラ王国のために戦っているのかもしれない。
タベルナリウス侯爵家は王都に居を構える法衣貴族であるので、私兵はそれほど有していない。
前回の戦争でも資金面以外では手を出していなかったのだが、戦争が終わった今こそが彼の戦場であるのだろう。
賠償金の支払いにあえぐ潜在敵国から金貨を絞り取り、徹底的に牙を抜く。
それこそがインテリオラ貴族であり商人でもある自分の使命だと考えているのかもしれない。
考え方や生き方の違いから、インテリオラでは領地貴族と法衣貴族とは長きに渡って仲違いをしている。
しかしやはり、そこにはインテリオラ王国に対する確かな忠誠が存在しているのだ。
いやまあ、正直なところうちの父がそう考えているかはちょっと自信がないし、私としてもインテリオラ王家は友達の実家という程度の意識しかないけど。
ただそんな私にも、個人的な盟友であり、また友達の実家に忠誠を捧げている侯爵を助けてやりたいという気持ちは湧いてきた。
「侯爵閣下。もしよろしければ、我がミセリア商会にて木材を乾燥させる魔導具を開発し、提供いたしましょうか。これまでの魔道具開発のノウハウもありますし、不可能な事ではないはずです」
加湿器が作れたのだから除湿機も作れるだろう。
後はそれを超強力にするだけだ。
◇
侯爵邸を辞した後は王城にグレーテルを送り、その足で工場へと向かった。クロウに会うためだ。
もう日は沈んでいるが、クロウは工場の技術棟で寝起きしている事が多いので、そちらに行けばいるはずだ。この間、不良品をくすねに行った時もそこにいた。
技術棟に行ってみると、やはりクロウはそこにいた。あと何故かアマンダもいた。え、もう結構いい時間なんだけど。まあいいか。
クロウに強制薪乾燥機が作れるかどうか尋ねる。
「──なるほどな。結論から言えば、今の商会の技術でも作れる。しかし自然乾燥に任せた薪と人工的に乾燥させた薪では使い勝手が異なるから、そこは注意する必要がある」
「え、そうなのですか。よく知っていますね」
「あちらでは一般的な技術だったからな。薪の乾燥機は。自然乾燥の薪は火が付きにくいが長持ちし、人工乾燥の薪は早く火が付くが燃え尽きるのも早い傾向にある」
魔大陸には薪乾燥機があるらしい。
まあ巨大ロボットとか作ってるのに薪乾燥機が無いってことはないか。いや逆に巨大ロボットなんて作ってるのになんで薪を乾燥させる必要があるのか謎だが。まさかメリディエスのように魔石が足りないから薪を燃やして燃料にしているなんて事はないだろうし。獣人の考える事はよくわからない。
「……すごいわ。クロウは何でも知っているのね」
アマンダがクロウの肩に指を這わせた。
「……何でもは知らないさ。知っていることだけだ」
あれ、なんかちょっといい雰囲気だな。
いや、クロウは目が不自由だし、そのせいかな。でもサイクロ──サングラスである程度の視力はあるはずだけどな。
深く考えるのはちょっと危ない気がしたので私は考えるのをやめた。
とりあえず、試作品を早速作ってくれるらしい。
そうしたら私の方で適当に強化してやって、侯爵に渡せばメリディエス王国からさらに金を搾り取れるだろう。
例のテロリストからは連絡がないが、彼らも一応は反メリディエス政府を謳っているのだから、王国の力が削がれるのは本望のはずだ。
◇
そうして完成した試作品を渡したところ、タベルナリウス侯爵はたいそうに喜んでくれた。
早速彼の傘下の商会に持っていき、作業場に設置する。これは専門作業なので我が商会の技術者が行なった。
最後に私が乾燥機の外装をひと撫でし、魔イナスイオ素がよく出るようにおまじないをかけておく。
薪は下手な燃やし方をすると一酸化炭素を多く生じさせてしまう。人工的に乾燥させた薪には水分が少ないのでそういう事はあまりないとは思うが、物を燃やしてエネルギーを得る以上、有害物質をゼロにする事は出来ない。
私のおまじないにどれほど効果があるかわからないが、魔イナスイオ素が少しでも有害物質を中和してくれるよう願いを込める。何ならプラスの効果とかが付いちゃうくらいでいいかもしれない。いや、それでも煙を積極的に吸おうとする人はいないだろうし、もし有害な効果が残ってしまったら困るから、ここは煙ではなく炎そのものの方がいいか。燃え盛る炎を見つめていると心が穏やかになるとか。
まああくまでおまじないだし魔イナスイオ素が勝手にやることなので、どこまで信用できたものかはわからないが。
「このマシーンで乾燥させた薪は通常の薪よりも早く火が付きますが、燃え尽きるのも早いです。販売は別けてしたほうがよいでしょう」
「なるほどな……。普通に暖や灯りとして使う分には、インテリオラには魔石が潤沢にあるおかげで魔導具で事足りる。ある程度長時間の火を求めるなら薪の方が費用対効果が高いが、この新しい薪はそれには向かぬということか。
ならばこの薪は輸出用にと割り切って、数が少ない自然乾燥の薪を国内向けとしたほうがいいな。その方が市場の住み分けが出来て良いだろう」
「そうしてくださると私の実家も助かるかもしれませんね」
「……ふん。別にマルゴーのためなどではないがな」
でしょうね。
ていうかマルゴーはインテリオラ王国にタダで魔石を供出しているので、薪と食い合おうが何だろうがあんまり関係ないだろうし。




