20-11
あ、別視点です。
メリディエスの王都は国内で最大の規模を誇る城塞都市であるが、活気や明るさのようなものはほとんど無い。
元々、寒さ厳しく実りの少ない地域であったので、王都と言えどもそれほど裕福なわけではなかったが、それでもかつては仕事終わりに度数の高い酒を飲んで騒ぐ者や、そうした者を相手に商売をする者など、それなりの賑わいはあった。
しかし、戦争が全てを変えてしまった。
負けてしまったことで課せられた莫大な賠償金。
これは国民たちは知らないことだが、賠償金は当時のメリディエスの状況を思えば相当に高く、とても払いきれる金額ではなかった。金額の提示と同時に分割で支払う提案もされたのだが、これがメリディエス王国の力を長期間に渡って削ぐ事が目的なのは明らかだった。
インテリオラのその狙いは見事に当たり、メリディエス王国では賠償金支払いのために税率が上がり、どの家も日々を暮らしていく事が精一杯という貧しい生活を強いられるようになった。
当然、仕事終わりの酒など飲めようはずもない。
当時は裕福ではない自分たちの環境から、インテリオラ王国を攻める事に乗り気だった国民たちも、今となってはその判断が間違いだった事はわかっている。
愚かな選択をした国に対する非難の気持ちは、国民たちの中に確かにある。しかし同時に、それを支持した自分たちの軽率さに対する悔恨の気持ちもまたあった。
時折、政府打倒を掲げる活動家のような者が現れていたが、誰もそんな話には耳を傾けなかった。
その活動家本人も、どこか義務的というか、自分でも本気で政府の打倒など考えていないようなやる気の無さであった。それゆえか、政府も彼らを取り締まろうともしなかった。
静まり返った街並みに、まるで監獄のようにそびえ立つ城壁。その中で散発的に繰り返される政府への批判。
そうした妙な雰囲気が蔓延する陰気な街。
それが今のメリディエス王国の王都であった。
◇◇◇
そんなメリディエス王都を、ひとりの男が歩いている。
小柄である事以外は、どうということもない普通の男だ。歩き方にも特別目を引くところはない。
男は下層民が住んでいるらしいごみごみした住宅地をするすると抜けて行き、やがて酒場のような建物に入っていった。酒場の入り口は締め切られているため、裏口からだ。このご時世では、店を開いていたとしても飲みに来られる余裕のある住民はいない。下層民ではなおさらだ。
締め切られて薄暗い酒場の中には数人の人影があった。
入ってきた男が自分の顔を手でこすると、それまでの平凡な顔は消え去り、美少年と呼んでもいい整った顔立ちが現れた。
それを見た人影たちは緊張を緩める。
「……『教皇』か。脅かすな」
「ビクビクしてるんじゃあないよ。……くそ、なんで『教皇』たるこのボクがこんなみじめな格好なんか……」
「派手な法服でこのスラムを練り歩くつもりか。神国から命からがら逃げてきたお前を匿ってやったのはこちらだぞ。役に立つ気がないのなら出ていけ」
「ちっ……」
男──『教皇』を名乗る少年は舌打ちをした。
彼の仕事は元々、結社の命で聖シェキナ神国を探る事だった。
その仕事は順調であったはずだが、本拠地──オキデンス王国が突然崩壊してしまったせいでケチが付き始めた。
支援が途絶え、聖職者たちに嗅がせる鼻薬が用意できなくなった。
元々の出自があやふやな彼だ。金で縛る事が出来なければ、その地位を維持していくのは難しい。まさに金の切れ目が縁の切れ目というやつだった。
そうして神国で閑職においやられているうちに、竜騎士とかいう謎の集団の襲撃に遭った。
『教皇』も戦闘力にはそれなりの自信があったから、この戦いではかなりの活躍を見せた。あのまま行けば、いずれまた地位の向上も見込めていただろう。
しかしそれも、ある時の襲撃で終わりになった。
突如として空が落ちてきたのだ。
いや、実際にはそのようなことはないはずだが、そうとしか言いようのない光景だった。
空は大地を焼き尽くし、そこにひしめいていた竜騎士たちを滅ぼした。
それだけでは飽き足らず、焼けた大地に禍々しい魔力溜まりを生み出して、あらゆる生き物の生存を否定した。
その光景に『教皇』は心底恐怖した。
こんな国にいたら、いつか必ず死んでしまう。
どのみち、神国の内偵を命じた『女教皇』はもういないのだ。
『教皇』は神国から逃げ出し、国力が落ちて治安が低下していたメリディエスに潜り込んだ。
そうしてここメリディエスで活動していたかつての仲間、『皇帝』に拾われたのだ。
「……それで、街頭演説はどうだった? 『審判』か『節制』と連絡はついたか?」
「演説はいつもどおりだよ。誰もボクの話なんて聞いちゃいない。あの2人に関しても、何の接触もない。インテリオラに調略を仕掛けに行ったんだろ? もう見つかって死んじゃってんじゃないの?」
「……いや、一度メリディエスに戻ってきているのは確認している。その後はここに戻る前に王城に寄ったはずだが……そこから先の足取りが途絶えている」
「じゃあメリディエスの王家に裏切られてやられちゃったんじゃないの?」
「いや、ここの王家はすでに我らの支配下にあるはずだ。裏切られる可能性はほぼ無い。何か重要な情報を得たとすればまっさきにここへやってくるはず。先に王城に行くとなると、得たのは情報ではなく何らかの物品か、あるいは莫大な金品か……」
メリディエスの王家は現在、すでに『皇帝』たちの支配下にある。
『教皇』が城下で反政府活動家の真似事をしているのも、あくまでそういう勢力が存在していると周りに印象づけるための演技に過ぎない。元々神国で活動していた『教皇』はこの地ではその風体が知られていないので、そういう活動家として表に出るのが向いているというだけだ。
インテリオラへ調略に出かけている『審判』と『節制』は、この『皇帝』や『教皇』らの仲間である。他にもこの場には居るものの発言はしていない『正義』もそうだ。
調略によって何か情報を得た場合、『審判』たちはそれをこのうらぶれた酒場に持ってくる手はずになっている。
しかし情報以外の貴重品や金品などを得た場合は、一旦王城に預ける事になっていた。そんなものをスラムの酒場に持ってこようものなら目立って仕方がないからだ。
『節制』たちによって完全に掌握されているメリディエス王家が彼らを帰さないというのは考えにくい。
であれば、『節制』たちは自分の意志で王城に残っている事になる。それほど扱いのやっかいなアイテムをインテリオラから持ってきたというのだろうか。
彼らが赴いていたのはアングルス領のはずだ。
あそこは前回の戦争時にかなり深くまで切り込んだが、そんな希少なアイテムがあるような土地には見えなかった。
とにかく、今は2人を信じて待つしかない。
『皇帝』たちはそう結論付け、様子を見る事にした。
それ以外に出来ることなど、彼らには無かった。




