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自称メリディエス解放軍との次の会談は2日後であった。
その間に私はこっそり王都に出かけ、自社の工場からアイテムをいくつか拝借した。もちろん、いくら私の会社とは言え勝手にそのような事をするのは業務上横領に当たる。いや、そんな法律はインテリオラには存在しないけど。
なので不良品として廃棄予定であった規格外品を失敬してきた。
実は我が社では不良品の扱いについては正規品以上に厳格で、廃棄の際には必ず分解する事が決められており、生産ラインで発生した数と処理場で分解した数が一致しない場合は社長である私のところまで報告が上げられるようになっている。
これは不良品がもし手違いで市場に流通してしまった場合には重大な事故に繋がる恐れがあるためだ。
数々の検査をくぐり抜けた良品ならば事故の可能性は限りなく低いだろうが、いずれかの検査で引っかかった不良品ではそうはいかない。
例え正規のルートで売られたものでなかったとしても、ミセリア商会の商品が事故を起こしたとなれば商会の評判にどれだけの影響があるかわかったものではないし、何より事故の被害者に対して申し訳ない。
検査というのは規格品を通すためのものであり、その規格から外れていればどのような内容であろうとも不良品となる。
要求された性能に足りない、というのであればまだいい。
しかし中にはどういうわけか、元々設定されている性能を高い方向に逸脱してしまう不良品も現れる。
私が今回工場から拝借したのはそういったアイテムだ。
市場に流すのは問題だが、仕組みをきちんと理解している私が使う分にはそれほど問題ない。
クロウと商品開発をしていた頃にはこれよりもっと暴れ馬な試作品だってあったのだ。
「──ねえ、ミセル。これ、もう少し何とかならないのかしら」
「ううん……。こんなはずではなかったのですが……。まあ効果の程は確かですから、とりあえずこれで良しとするしかないのではないでしょうか」
工場から拝借した不良品に私の方で手を加え、ギルバートの許可を取った上でそれをアングルス邸に設置した。
持ってきたのは「魔導スチーマー」の不良品だ。
魔導スチーマーとは、詳しい機構はよく知らないが、マジカルでメカニカルなシステムによって人肌より少し暖かい程度の蒸気を吹き出す美容機器である。温かいスチームで肌を潤し、毛穴を開かせることでスキンケアの効率をアップさせる効果がある。
もちろん、魔導と付いているからには魔イナスイオ素もスチームと共に散布されることとなる。
魔イナスイオ素はスチーマーによって開いた毛穴に浸透し、肌の内部からまるでバフ系の魔法のようにハリとツヤを与えるのだ。と、いう風になったらいいなと思いながら宣伝文句を考えたのだが、魔イナスイオ素が実際に存在しているとなるとおそらく効果も実際にあるのだろう。
今回持ってきた不良品はそれらの効果が規格外──上方向にぶっ壊れている製品である。
壊れた蛇口のように暖かい蒸気を垂れ流し、また同じだけ魔イナスイオ素も放出しているようで、動力源としてセットしてある魔石があっという間に空になってしまうのだ。
当然、これを顔に当てようものなら顔だけでなく全身びしょ濡れになってしまうだろう。
私はこの規格外品に、スチーマーではなく加湿器として使えるように手を加えた。
魔石の消費量はさらに跳ね上がるが、頻繁に交換すれば問題ない。
この改良により、辺境伯家としては小さめなアングルス邸に余すところなく蒸気と魔イナスイオ素を行き渡させる事が可能となったのだ。
ただひとつだけ、ほんの些細な問題を上げるとするならば。
温度が下がっても何故か消えていかず、まるで霧のようにたゆたう蒸気によって、アングルス邸の全てが白くけぶってしまっている事くらいだろうか。
ちょっとだけ視界は悪いかも知れないが、代わりに肌や喉は乾燥せずに済むのでメリットの方が大きいと言える。
「……ドレスもなんだか重たいし……。カビとか生えたりしないでしょうね」
「そういった微小な生命体は、魔イナスイオ素によっていい感じの何かに変質させられると思いますのでおそらく大丈夫です」
「何言ってるの。カビは生物じゃないでしょ」
生えるって自分で言ってたじゃん、と思ったが黙っておいた。
それがこの国で比喩的な意味で使われているのはわかっているし、カビが生物である事を証明出来る自信が無かったからだ。
ちなみにこの魔イナスイオ素にはグレーテルの月の魔力も乗せられており、アングルス邸の人々は不審に思わないよう暗示がかけられている。
当主であるアングルス辺境伯も今回のメリディエス解放軍の動向は気にかけているようだが、彼らが本物かどうかもわからないし当面は息子に任せる方針のようだ。もちろん、辺境伯も配下を使って彼らの素性は探っているはずである。しかしその情報がギルバートにまで流れて来ないということは、未だ有益な情報が得られていないということだ。
この辺りが成り上がりたての高位貴族の辛いところであろうか。これが例えばタベルナリウス侯爵であれば、その配下の優秀さでもって相手の素性を突き止めていただろうし、我が父マルゴー辺境伯であれば、たぶん今頃相手は死んでいる。外交の才能無いなお父様。
ともかく、辺境伯となって日が浅い彼ではまだ防諜能力も決断力も足りていないということだ。いや、あるいはすでにそれらの力を次代のギルバートに培わせるつもりで任せているのかもしれない。
なお、私とグレーテルの事については辺境伯には秘密である。知られたらたぶん問題になるので。
今頃は辺境伯の執務室も白くけぶって書類も波打ってしまっているだろうが、もちろん彼がそれを不思議に思う事はない。
ともあれ、白く重たい空気に守られたアングルス邸にて、二回目の会談が行なわれようとしていた。




