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しかし、もしグレーテルの言った通りだとすると、昼間の会談がおかしかったことも頷ける。
何度も同じ話をしたり、その度にギルバートの様子が変わっていったりしたのも、あのユウキとテンペルが密かに何かの儀式をしていたからなのだろう。
もしかしたらグレーテルの毛先がこれ見よがしに光っていたのも、解放軍の小細工に何らかの抵抗をしていたからなのかもしれない。
また、解放軍の2人が怪訝な様子であったのも、彼らの手管が明らかに私たちに通用していないのが不思議だったからだろう。だとすれば、彼らはその洗脳手段についてそれなりに信頼と実績を重ねていたと考えられる。
しかしそういう目的で現れたのであれば、彼らが名乗った名前も本名ではないかもしれない。それどころか、メリディエス解放軍を称する彼らが本当にそうなのかも怪しくなってくる。武力による政権の転覆を考えているとしたら控え目に言ってもテロリストであるし、馬鹿正直に本名を名乗る方が珍しいくらいだろう。
いや、そういえば彼らは別に武力でどうにかするとは言っていなかったかもしれない。どうだったかな。危険な思想に意識が向いていたのでその実行手段についてはあまり聞いていなかったが。
とにかく、洗脳というこちらに対して明らかな敵対行動をとったということは、彼らはメリディエスではなくインテリオラに思うところがある事になる。
マルゴーまでやって来た時のギルバートの話からすると、あるいはメリディエスの事もインテリオラの事も等しく憎んでいる可能性もあるが。
いずれにしろ、協力を求めて他国にまでやってきて、その地の領主所縁の人物をたぶらかし、お忍びだったとは言え王女と辺境伯令嬢をも洗脳しようとした事実に変わりはない。彼らがメリディエス王国に対しての暴力革命を企てていようがいまいが、少なくともインテリオラ王国に対しては最悪の手段で調略を仕掛けようとした事になる。
まあグレーテルがここにいたのは彼らにとってもイレギュラーだっただろうし、おそらく目的は辺境伯か次期辺境伯のギルバートを誑かす事だったのだろうが。
彼らの身元が本当にメリディエスの国民であったとしたら、例えテロリストであっても本来は重大な外交問題だ。
ただし、グレーテルも言っていたようにこの日の会談はあくまで非公式のものである。
それは私たちの身分や所在を明らかにしなくてもいいというメリットがあるものだったが、逆に相手に何かされたとしてもどこにも訴える事が出来ないデメリットもまたあった。
もちろん、何かをされても訴えられないというのはお互い様なので、こちらにとってのメリットにもなりうる。こちらからやっちゃっても問題ないというわけだ。
グレーテルもそう考えたのかどうかは知らないが、こんな事を言い出した。
「とりあえず、次の会談で逆洗脳してやって、何を企んでいるのかを洗いざらい吐かせてやろうと思うのだけれど、どうかしら」
どうかしらって言われても、どうかしてるんじゃないかしらとしか。
ただ現状、それくらいしか対抗手段が無いのも確かだ。
それに自称メリディエス解放軍の使っていた洗脳技術に若干の興味があるのも否定できない。
ある程度の時間をかけてわざわざ理想を語っていたし、どちらかと言えば洗脳というのはその話の内容の方で、非合法なアイテムか何かはその洗脳トークを円滑に進めるための、ある意味催眠に近い手段ではないかと思われる。
催眠、というと、自分の組織の人間にすら「愚か者」と蔑まれていた哀れな男を思い出す。
彼は確か、催眠が得意なような事を言っていた。
彼はもうこの世に存在しないのだが、今にして思えば、彼らのアジトに攫われた時が私にとって一番ピンチであったと言えるだろう。物理的な危険という意味ではなく、大量の人死にが出てしまった廃砦の法的な責任という意味でだが。
生徒会長風に言えば、私にとって大きな社会的ダメージを受けてしまう恐れのある事件だったということだ。
貴族、それも辺境伯の関係者ともなれば社会的ダメージに対する防御力は相応に大きいし、逆に盗賊扱いなら社会的な防御力はほぼゼロなので、結果的に事なきを得ることが出来た。
今回の相手も、少なくとも自分たちでメリディエス解放軍を謳っているうちはインテリオラ国民ではないし、メリディエス国民と見做すとしてもテロリストだし、社会的防御力は紙に等しいレベルだと言える。
何より、こちらには社会的ステータスが最高峰である王族がいる。多少無茶な事をしたとしてもそれほど問題にはならないだろう。もちろん、その力を使う場合は私たちがアングルス領に居ることがお上にバレてしまう前提になるが。
社会的地位の低い相手を一方的にやり込める。それは決して褒められた事ではない。
しかも、グレーテルは彼らを洗脳してしまうつもりだ。人道にもとる所業と言っていい。
当然、まったく美しくない行ないである。
しかし、である。先に洗脳しようとしてきたのは相手の方だ。何ならインテリオラの高位貴族であるギルバートはすでに洗脳されかかっている可能性もある。
それを踏まえて考えると、社会戦をしかければ一捻りに出来るような相手に対し、グレーテルは敢えて相手の土俵である精神戦で受けて立とうとしている、と言えなくもない。
それであればまだ、王者の余裕というか、そういうニュアンスの美がなくもない気がしなくもない。
「……そうですね。わかりました。彼らを洗脳しましょう。私が手伝う事は何かありますか?」




