19-21
新学年が始まっていくらも経っていない中途半端な時期だったが、私は落ち着くまで実家でのんびりすることにした。
落ち着くというのはひとつはグレーテルの容態のことだ。
グレーテルはあの後気を失った。
命に別状はなさそうだったので、とりあえず実家に持って帰り、客間に寝かせる事にした。
吐いたばかりだし出来れば着替えさせたかったが、替えの服も無いし王女を勝手に脱がせていいものかどうか微妙なラインだったのでやめておいた。吐いたものも全て蒸発して涎以外は残っていなかったし。
もちろん私の両親にはたいそう驚かれたが、最終的に全て月のせいにして乗り切った。
大きさはともかく、月の魔力が妙な気配を放っていたのは父も気付いていたらしく──私は逆に大きさが目に入ってしまったせいで魔力がどうとかには全く気付いていなかったが──それ以上の詮索はされなかった。
父によれば、今は月も元に戻っていると言うから、解決済だと判断されたのだと思う。いや、色とか色々おかしいままなのだが。
当然、変色に伴い月が放つとかいう魔力もおかしくなっていると思うのだが、以前の月の魔力の気配を覚えていない私にはわからない。たぶん父も覚えていないと思う。
私は前世でいつも使っている制汗スプレーが売り切れの時、違うものを購入して使っていたが、それを使い終わって元の製品を買った時、それが本当に元のものと同じ使い心地だったのかどうかは今となってはわからない。それと同じで、おそらく父も元の月の魔力なんて覚えていないはずだ。
いやなんかいい感じの例を出したと思ったが、ちょっと違うなこれ。まあいいか。
そしてもうひとつ、落ち着くのを待っていたのは、王都の状況だ。
何しろ放課後に王女と辺境伯令嬢が忽然と姿を消してしまったのだ。
しかも学園の屋上には全裸で横たわる生徒会長。
どこの変態が学園に侵入したのかと大騒ぎになってしまった。
特に私とグレーテルの性別を知るディーの狼狽は尋常ではなかったという。
仮に私とグレーテルが誘拐されたと仮定した場合、犯人かあるいはその一味が現場に残っているはずがないので、屋上で全裸で倒れていた生徒会長は当然被害者だと認識された。
被害者(♂)を全裸に剥いてしまうような犯人だ。そりゃディーも気が気でないだろう。
サクラ経由で宥めたり、こちらからすぐに王都に使いを出したりして、ディーは何とか落ち着かせた。
馬に「どうどう」と宥められるメイドという非常に珍しい光景が見られたとか、見たものは記憶を失ったとか何とか。
そして落ち着いたディーに王城への連絡も任せた。
突如思い立ったグレーテルのわがままで、マルゴーに羽休めの旅行に出かけたという事にしておいた。
当初こそ「そんなわけがあるか」と、下手をしたら近衛騎士団さえも動いてしまいそうな混乱が巻き起こっていたが、それも数日が経つと驚くほど急激に冷静になっていったという。
これはマルゴーでグレーテルが目を覚まし、その身に宿った月の力を使えるようになったためだ。
イェソドの意識はもはや全く残っていないらしく、グレーテルも突然手に入れてしまった力をどう制御していいかわからない様子だった。
うまく制御が出来ないうちは幻惑の力が暴走し、グレーテルの髪の銀色部分がめちゃくちゃ光ったり、夜中に月の光に照らされた巨大な私の幻影が出現したりしていたが、それ以上は特におかしな被害は出なかった。
巨大な私の姿は屋敷の者たちをたいそう驚かせたが、それだけだった。母が言うには、そのくらい日常茶飯事だから誰も気にしないとのことだった。
確かに、マルゴー邸に住んでいれば色々な事が起きるのは事実だ。木々が突然枯れ果てたり庭が燃え上がったりするよりはずっとマシということなのだろう。
いや、ということはつまり屋敷の者たちは日常的に巨大な私の幻覚を見たりしているってことなのかな。どういうことなの。
気にはなるが、騒ぎにならなかったのは助かった。これが王都だったらさすがに大騒ぎになっていたはずだ。
その場合はもう開き直って、そういうアトラクションということにするしかなくなってしまう。お台場とか横浜とかの巨大ロボットモニュメントみたいなものだ。まあそれが私の姿というのはちょっと抵抗があるが。
ともかく、そうした涙ぐましい──涙はたぶん私のだが──努力の甲斐もあり、グレーテルはイェソドの力をある程度制御する事が出来るようになった。
加えて、月から供給されるらしい謎エネルギーにも何故か魔イナスイオ素が含まれるようになっており、そのせいか月の光以外にも魔イナスイオ素を媒介にすることで幻覚や認識干渉を行なう事が出来るようになったらしい。
その力を使い、王城や王都の関係者に「王女はマルゴー領に旅行に行っているが何も問題はない」という内容の刷り込みを行なったというわけだ。
ただやはり力加減は難しいらしく、対象や範囲を絞るのは無理だった。
仮にも一国の王女のプライベートなのだから、本来ならばトップシークレット扱いでもいい内容である。それが何故か、平民街の貧民区域の、学園どころか寺子屋レベルの集まりにも行けないような小さな子供ですら知っているという謎の状況。
彼らは王女もマルゴー辺境伯も知らないが、王女がマルゴーに遊びに行っている事は知っているのだ。
しかもそれを誰も不思議に思わない。
これかなりやばい能力なのでは。
今にして思えばイェソドは随分と常識的な使い方をしていたものである。
なお、生徒会長に関してのアフターフォローはすっかり忘れていたので、彼だけは「学園に侵入した変質者の魔の手にかかり、屋上で全裸にされていた」という事実だけが残ってしまった。
まあ実害は無かったし、肉体的ダメージも精神的ダメージも経済的ダメージも無かったから問題無いだろう。
と言ったところで19章は終了です。
先に章題を出オチで決めてしまうとよくわからない話になりますね……。
というわけで、次章の章題は後から決めます(
日曜日からのスタートになりますかね。
生徒会長には申し訳ないことをしたと思っています。
今章は月がテーマでしたが、月というのは地球の衛星の事なので、地球ではないっぽいこちらの世界でも月と表現してもいいものかどうかはちょっと悩みました。
ですが月というのは、広義ではある惑星から見てその周りを回る衛星を意味する事もあるそうなので、じゃあいっかと思ってそのまま月にしておきました。
ところで、この後書き中に星という文字はいくつあったでしょうか。
5つ見つけられた方は★★★★★を、4つだという方は★★★★★を、それ以下の方は★★★★★を下さると大変うれしく思います。




