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イェソドが何かのスキルを発動した。
状況からすると、これはおそらくグレーテルの意識を乗っ取るためのものだろう。
これはさすがにまずい。
もし、グレーテルが露出狂であるイェソドの次の依代になってしまったら、今度はグレーテルが全裸になってしまう恐れがある。
生徒会長ならば冗談で済む話でも──全く冗談で済んでいないし後のことを考えると気の毒でしかないが──グレーテルがやってしまうのは大問題だ。
何しろグレーテルの裸体には国家機密が秘められている。王女が女装した男児だったとか、バレたら普通に国が傾くし。
「グレーテル! ええと、お願い、ボンジリ!」
一瞬、なんちゃってトラップ魔法でガードしようかとも思ったのだが、あれも結局私には見えないところで何かが起きていただけなので本当に効果があったのかどうか定かではない。
そこへいくとボンジリは実績も確かだし信用出来る。
「ぴい!」
小さな鳴き声と共に、生徒会長とグレーテルとの間に空間の歪みが発生した。
おそらく空間系の魔法を利用したバリアか何かだろう。これも目には見えないのだが、ボンジリが励起した魔素の動きは見えているので安心だ。
ボンジリは賢いので、生徒会長はなるべく傷付けないようにという私のオーダーもきちんと汲み取り、現状考えられうる限りで最大限の仕事をしてくれた。
しかし、それが有効なのは、あくまで現状での私の考えが正しければの話だった。
「けぺっ!」
潰れたカエルのような声を出し、グレーテルに向かっていた生徒会長が不可視の壁に激突する。
崩れ落ちる生徒会長の目や耳から銀色の粒子が染み出し、立ち上っていく。彼は何も着ていないので、頭部以外の穴からも光が立ち上っているのが丸見えだ。もちろん、全身の毛穴のことです。
あれだけ大口を叩いておいて、たったこれだけで戦闘不能なのか、と思っていたら、やはりそんな事はなかった。
立ち上る銀色の粒子は天上の巨大な月へと吸い込まれていき、その直後、月から銀色の光がグレーテルに降り注いだ。
地表と月との距離を考えると、質量があるかどうかもわからない謎粒子とはいえ、ほんの数秒にも満たない時間で往復できるとは思えない。かと言って、いかに大きく見えるとしても、月が実際にそんなに近くにあるはずがない。
そう考えると、あれはおそらく概念的なもの、あの私にだけ巨大に見える月は、イェソドのアストラル体、本体のようなものなのだろう。
イェソドの言葉を借りるのなら、あの巨大な月は彼の肥大化した自意識といったところだろうか。
だとすれば、そう。
生徒会長の裸体をバリアで止めたところで、何の意味もなかった。
「──しまった! グレーテル!」
銀色の光はグレーテルに吸い込まれるように消えていき、それと同時に、グレーテルの美しい珊瑚色の髪が少しずつ銀色に染まってゆく。
生徒会長は瞳だけだったのに、グレーテルは髪まで染まるのか。
もしや、それこそが依代に相応しい条件だと言うのだろうか。
古来より、髪には魔力が宿ると言われている。
もちろんそれは迷信であり、かつてはそれを信じて髪を伸ばしていた貴族たちも、今は普通に好きな髪型で過ごしている。
ただ、魔力の源が魔素という謎粒子であることを知った今の私は、それもあながち迷信だとは言い切れないのではないかと思っている。
これは前世で言われていたことなので、今世の人間にも同じように当てはまるのかはわからないが、髪というのは体内の有害物質を排出する役目もあるのだと言う。
積極的に排出していると言うより、髪を形作る材料に体内で必要のない成分も紛れ込んでいるだけだと思うが、例えば摂取したヒ素やカドミウム、それから麻薬成分などは伸びる髪に蓄積されていくらしい。
麻薬と一言で言っても様々な種類や効果があるだろうが、総じて人体に有害な物質である事は共通している。
ただし、一時的に多幸感を得られるだとか、一時的に思考力を高めるだとか、ある一面においてはそういったプラスの効果があるのも事実だ。
魔素にもそれと同じことが言えるのではないだろうか。
人間の身体を強くし、寿命を伸ばし、老化を遅らせる。そのように作り変える。
しかし、結局のところどこまでいっても人間にとっては異物なのだ。
常に空間に存在しているがため、人間の身体はそれを吸引して魔力の回復や増強が行なわれてはいるが、やはり積極的に髪から抜けていく。
あるいはその魔素代謝の早さも果実にとっては都合がいいのかもしれない。これは結果論だろうが。
もちろん魔素はヒ素と違って普通ではない粒子だし、そもそも物理的な物質かどうかも怪しいところなので、髪の代謝やら何やらは一切無視して髪に溶け込み、抜けていくのだろう。
生徒会長の髪の色が変わらなかったのは、おそらくそこまで銀色の魔素が回りきらなかったから。
これは生徒会長が特別出来ん子というわけではなく、グレーテルが、正確にはその血統が特別優れているだけだ。
「──素晴らしい! 馴染むぞ! この肢体ッ!」
「っ!?」
銀色の光を発するグレーテルが叫び、私は絶句した。
え、声、ちょっと太くないですか。
もしかして、グレーテルは普段声を作っていたのだろうか。
なるほど、もう18歳になるし、男の体であるなら考えてみれば当然だ。
ていうか私はどうして声変わりしないんですかね。
今の声が美しいからだろうか。
なら仕方がないな。




