19-8
居もしない月の精霊の事はとりあえずはいい。
街の様子は『悪魔』がまとめた報告書でわかったとして、問題なのは学園の方だ。
こちらはまだ報告書が回ってきていない。
というか、別に書類の形でなくて口頭での報告でもよかったのだが、それすらまだ来ていない状況だ。
気になったので一度、フィーネとバレンシアを呼び出して聞いてみた。
「──申し訳ありまセン……! 調査はしているのデスが、何の成果も得られまセンデシタ……!」
なんかダメそうだった。
というか、バレンシアが普段話す従者たちの中ではあまりマルゴー家の噂は聞こえてこないらしい。
むしろ、フィーネがフィーニスとしてクラスメイトから聞き出す噂の方が質も量も多いという。
はて、どういうことだろう。
まあ、元凶が生徒会ではなく街の噂の方であるのなら、そちらに対処すれば生徒会も学園内だけで妙な噂を維持しようとは考えないだろう。学園内の重要度は低いと言っていい。
本来、噂のような制御の難しい問題に対処する一番の方法は、何もしないことだ。
人の噂も七十五日という言葉があるように、どれだけセンセーショナルな話題であっても、それだけでは人の興味を惹き続ける事は出来ない。そしてひとたび興味が薄れてしまえば、日々の人々の話題にのぼる事は無くなるし、毎日話題にのぼらなければ段々とその事を忘れていく。
何かの拍子に思い出し、「そういえばマルゴーってやべえ奴らだったな」と再度認識することもあるかもしれないが、そのタイミングは人によってまちまちだし、再燃焼するケースは少ない。あと、マルゴーの連中がやべえのは合ってるし。おとなしいのは私だけだ。
ただし、定期的に噂に燃料を投下する者がいる場合はその限りではない。
加えて情報源がその燃料投下者しかいないとなれば、情報操作も望みのままだ。
前世のように情報技術が未発達であるこの世界、国中に拡散しようと思えば最悪数十年単位はかかってしまうかもしれないが、この王都だけならそれほど難しくはない。
「……どうやら、王都に限って言えばけっこう蔓延しているようですね。マルゴーの噂は」
「申し訳ありません、ミセリア様……。この工場区ではそのような話は一切出ていなかったため、全く気付いておりませんでした」
王都のマルゴー屋敷の執事、ブルーノが頭を下げた。
彼の仕事は王都の屋敷を支配する女主人の私の補佐をすることなので、確かにこれは彼の失態とも言えるかもしれない。
ただ、屋敷の周りに工場区という分厚い壁を用意して、積極的に情報を遮断したのは私だ。
その結果、工場区内にも生活のための店舗が次々と誘致され、今では工場区から一歩も出なくても生活が可能になるほどにまでなっている。まあ、その分工場区も広がっているので、単に広く侵食していっただけとも言えるが。
製品やお金、物資などのやり取りをしている者たちならば平民街や貴族街とも日常的に接触しているはずなので、そうした彼らは王都の噂にも明るいかもしれないが、基本的に工場区で働く者は比較的マルゴー家に対して好意的な者か、あるいはもはやマルゴー家に縋らなければ生活していけない者たちだ。
なので噂を信じないか、信じているがどうしようもない者しかいない。
そんな者たちから敢えて報告が上がってくる事も無かった、という事のようだ。
「ブルーノの責任ではありません。
しかし、タベルナリウス侯爵からも何の警告もなかったということは、それらの噂はタベルナリウス侯爵を始めとする親マルゴー派貴族の耳にも入らないようにしてあった、ということですよね」
あるいは私に知られないよう、親マルゴー派の貴族もすでに取り込まれているか、だ。
どちらにしても、黒幕は相当緻密に噂の制御をしていると言えるだろう。
それこそマルゴーの支配下にある工場区にも、その気になれば噂を蔓延させる事は出来たはずだ。マルゴーが債権を押さえている住民も働いているし、どんな会社にだって不満を持つ者は必ず存在するからだ。
この、私の周りからだけ徹底的に噂を排除するというやり方や、それでいてマルゴー関係者だとわかっているフィーニスの周りにはそれが徹底されていない部分など、どこかちぐはぐな印象を受ける。
バレンシアの周りには噂は聞こえてこないということは、バレンシアはマルゴー関係者として認知されているということなのだろうが、これも謎だ。まあバレンシアも目立つ事は目立つが、フィーニスの異装と比べれば村娘も同然である。耳とか尻尾とか露出しているわけでもないし。
今回の敵──敢えて敵というが、今回の敵はまったくもって何をしているのか、また何をしたいのかが謎に包まれている。
実に不気味だ。
不気味と言えば、空を見上げるとまたちょっと月が大きくなってる気がする。これあれかな、中秋の名月的なやつかな。今一番綺麗だから見て、とばかりに激しい自己主張をしているのかな。わかるわ。まだ春だけど。




