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「──あ、あの、こんな時間に申し訳ありません。私は第二クラスのモリガンと申します」
おどおどしながらそう名乗った学生は、どうやら宗教の勧誘でもマルチ商法の勧誘でもないようだった。
何か私に相談があるそうだ。
ディーは警戒を緩めず、何事かとやってきたフィーネは、他クラスの学生からも頼られるお姉様さすがですとか言っていた。
ちなみにフィーネは屋敷の中では普通にドレスを着て髪も令嬢らしくセットしている。
自宅の中でまで仮面を付けて生活したくないから、らしい。窮屈なのは嫌ですだそうだ。
ドレスやセットアップした髪も相当窮屈だと思うのだが、それでも仮面よりマシなのか。
とりあえずモリガン嬢を応接室に通し、お茶を出した。
ディーの目が鋭く光っているが、別に毒を入れたりはしていない。はず。
「……実は、私とブレンダンは幼馴染なんです」
相談とは何かと尋ねると、モリガン嬢はそう話し始めた。
誰それ。
私が困惑して黙っていると、先を促されていると感じたのか、モリガンは話を続けた。
「か、彼は子爵家の嫡男で、私の母は彼の家に勤める女中でした。彼の父である子爵様は寛大なお方で、私も彼の乳兄弟、とまでは言いませんが、それに近い距離感で過ごさせていただきました」
ブレンダン何某は子爵家の人間らしい。
しかし子爵家なんて王都にいくらでもいる。爵位だけでは誰なのかわからない。
「その、子爵様は王城にお勤めなのですが、最初から王城勤めだったわけではなく、お若い頃は地方の領地貴族のところに派遣される官吏の補佐をしてらっしゃったそうです。そこから努力なされて、やがて王都に配属され、そこで夫人とお会いになられて、ブレンダンがお生まれになりました」
なんだろう。誰だか知らない人の個人情報がどんどん蓄積されていく。さすがにちょっと後ろめたいような気持ちになる。別に私が悪いわけではないのだが。
なんかすみません、知らない人。
「ブレンダンもお父上譲りの努力家で、幼い頃から勉強を欠かしませんでした。彼が生まれた時には子爵様はすでに王城にお勤めでしたが、お若い頃に苦労されていたお話はよく聞いていたからでしょう。自分は学園を好成績で卒業して最初からいい職に就くのだと……」
なるほど。ブレンダン氏は学園に通っているのか。
あれ。そんな名前、最近どこかで。
「子爵様のご厚意で、私もブレンダンと一緒に家庭教師の先生の授業を受けさせていただける事になりました。私はブレンダンほど頭がよくないのでギリギリでしたが、何とか2人とも学園の入学試験に合格出来まして。
ブレンダンは努力家で、責任感もあって、真面目な人なんです。でも……最近はどこか、おかしくて」
モリガン嬢の口調が少し変わった。本題に入ったようだ。
しかし本題までの長い前置きは何だったのだろう。無駄にブレンダン何某について詳しくなってしまった。
「それで、ミセリア様が今日、ブレンダンに呼び出されたと聞いて、私、心配で……あ、もちろん心配したのはミセリア様の方をです」
思い出した。ブレンダンは生徒会長閣下のお名前だ。
そうならそうと最初から生徒会長と呼んで欲しい。紛らわしいな。
ていうか、今の私を心配したというのは明らかに嘘だろう。声が上ずっていた。
呼び出された私ではなく呼び出した生徒会長の方を心配したのはなぜなのか。まさか私が彼に何かするとでも思ったのか。
「その、生徒会長に選出されてから、彼はどこかおかしくて。あの、ミセリア様の、マルゴー家に対しての、その、良くない噂を耳にして……。普段の彼ならそういう根拠のない噂はむしろ聞き入れないのですが、最近は積極的にそういう噂を集めていて……」
噂の根拠ならあったし、何なら今まで静かだったのが不思議なくらいである。
いや、もしかしたらこれまでも噂はあったが、私の耳には入らなかっただけかもしれない。
現生徒会長の言い分だと、私が入学してからこれまでの生徒会長は全員第一クラスの高位貴族であったらしい。
高位貴族ならマルゴー家の事は知っているだろうし、タベルナリウス家のように目の敵にしているとかでもない限り、敢えて刺激したいとは考えまい。
そういう訳で、きっとこれまでは生徒会が率先して噂の火消しをしてくれていたのだろう。私の耳に入る前に。
しかし今年度から生徒会が一新され、しかもメンバーのほとんどが第二クラスという体制に変わった。そしてマルゴーに関する噂の火消しが高位貴族に対する忖度だと思われたのか、そういった事はやらなくなった、と。もしかしたら引き継ぎとか申し送り事項とかも無かったのかもしれない。いやあっても無視しているのか。
「……なるほど、そういう事だったのですね。
しかし、いくらなんでもさすがにそのような相談をお受けするわけには……」
「え? あの、まだ何も言っていませんが……」
「相談とは、おかしくなってしまった生徒会長閣下を始末してほしいとかそういう事なのでは?」
「ちちち違います!」
改めて彼女の相談というのを聞いてみたところ。
生徒会が噂に踊らされて私に失礼な事を言ったとしても、代わりに自分が謝るから大目に見てあげてほしいとの事だった。
紛らわしいな。
まあ確かに少しおかしいとは言っても、事の真偽はともかく言っている事は筋が通っていたし、始末してしまうほど常軌を逸していたわけではない。
怒らないでね、と頼むくらいが妥当なのかもしれない。
しかし、いじらしい幼馴染がそこまで想っているのだ。
ただ無視するだけで済ませてしまっていいのだろうか。いや良くない。
ここは私がひと肌脱いで、生徒会長閣下を更生させてやるとしよう。
「わかりました。ご安心ください、モリガン様」
壊れた電化製品は叩けば直るって前世のおばあちゃんが言ってたし。
まあ人間の頭は電化製品とは違うかも知れないが、どのみち電化製品にも試したことなかったし、やったことがないって意味では人間でも電化製品でも同じだ。




