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言われた通り、私は授業終了後に生徒会室を訪れていた。
何気にここに来るのは初めてのような気がする。
二年生の時は知り合いがいなかったし、一年生の時は私に対するゲルハルトの接触はグレーテルにシャットアウトされていたので来る機会が無かった。
学園長室には何度も行った事があるのだが。
グレーテルやユリア、それに他のメンバーも付いて来たがっていたが、生徒会長閣下の呼び出し内容が「マルゴー家の横暴」みたいなニュアンスのものだったので、一応家庭の事情という事で遠慮してもらった。
マルゴーの横暴とやらについて心当たりが全く無い訳ではないが、もし私が知らない新事実などが出てきて、しかもそれが致命的な内容だったらちょっと困るからだ。
まあ学園長ではなく生徒会長が出てきている時点でそこまで重要な話でもないだろうし、別に問題はないだろう。
一応、家の人間だからという事で従者のディーは付いてきているし、何か暴力的な解決手段が必要になった時のためにボンジリもネラもビアンカも私のドレスの中にいる。
「失礼します」
「──来たか」
扉を開けた瞬間、何か息苦しいような空気を感じた。
気のせいかな、と思ったが、胸のボンジリが身じろぎしていたのでおそらく気のせいではない。
そのボンジリの身じろぎの後は特に何も感じなくなったが、依然として空気が淀んでいるような雰囲気だけは残っている。換気とかしないのかな。
私が入室すると、執務机のようなものに向かって何か書き物をしていた生徒会長ブレンダン・トラバントがこちらを向いて目をすがめた。
顔を上げる前もずいぶん机に目を近づけて作業していたし、視力が悪いのかな。もしかしてメガネキャラ枠なのかもしれない。眼鏡とか見たことないけど。
なるほど。ミセリア商会で眼鏡を作るというのもいいな。
ていうか、眼鏡もないのにパーマロッドやらUVライトはあるとか、考えてみればめちゃくちゃ歪な文明になってしまっているな。もし今『女教皇』が存命なら一発でバレていただろう。
生徒会室には生徒会長の他に数名の学生がいた。教師はいない。
生徒会長の次に立派な執務机を使っているのは副会長だろうか。名前は存じ上げないが、確か同じクラスの学生だった気がする。
他の役員らしき学生はあまり見覚えがない。
みんな、揃って呆けたような顔をしている。
きっと私の美しい姿に見とれているに違いない。あまり見覚えがないということは別のクラスか下級生なのだろうし、これまでの人生で私ほど美しい存在を間近で見たことがないのだろう。しょうがないにゃあ。見てもいいよ。
「急に呼びつけてしまって悪かったな。しかし高位貴族の子息令嬢と言えども、学園内では生徒会の方が立場が上だ。ならばこちらが呼びつけるのが本来在るべき姿だからな。それは理解出来るだろう?」
「はい」
一瞬私の背後のディーから威圧感のようなものが発せられたが、すぐに私が頷いたせいか、特に誰にも気付かれる事はなかった。
これが父の【威圧】であったとしたら今頃私以外全員意識を飛ばしていただろう。
あ、もしかしてこういうところも先ほど生徒会長が言っていた「マルゴー家が立場を理解していない」的な話に繋がるのかな。
でもディーの沸点が低いのは実家がどうこうというより個人的に私に仕えてくれているからだし、今ディーが行使しようとしていたのも権力というより物理的な暴力なので、学園外の地位は全く関係ないのだが。
ていうか、考えてみればこれまでマルゴー辺境伯家としての権力がどうのこうのってあんまり無かったような。困ったらだいたい物理で解決してきた気がするな。
「今日来てもらったのは、まさに今言った内容に関する事だ。
かねてよりマルゴー家に対しては、学園上層部と癒着し、学園外での爵位や地位を学園内に持ち込もうとしているのではないかと懸念の声が上がっていた」
「はあ」
初耳である。
どこから上がっているのだろう。少なくとも私は聞いたことがない。
まあ声を上げている人たちも噂の本人の耳に入るような事はしないだろうが。
「まず疑念を持たれたのは、君の現在の学園内での立場だな。催事運営委員会という名の学園公認の、しかもちゃんと予算がつくような組織を生み出し、そこの会長をしている」
確かに催事運営委員会はその性質上、与えられる予算もかなり大きな金額になる。
従来の学生組織の代表格だった生徒会にしてみれば、何だそりゃってなるだろう。わかる。学園長に急に言われた当事者の私でもそう思ったし。
「我々生徒会と違い選挙などで選ばれたわけでもなく、しかも任期も定められていない。聞けば発足以来メンバーの変更はないそうじゃないか。これは果たして健全な組織と言えるのかね」
人員の運用が健全であるかどうかはそれぞれの組織の目的と性質によるとは思うが、学園内に存在する学生による組織としては確かに健全ではないかもしれない。
まさしく生徒会長の言うとおりだ。
ただ私だって別にやりたくてやっているわけではない。
「催事運営委員会については、たしかに概ねおっしゃる通りかと思います。ですが、あれは学園長が──」
「そう、学園長だ。彼の一存で設立され、君が委員長に就任したのも彼の意思であるそうじゃないか。これを癒着と言わずして何と言うのか」
癒着以外に他にも言い方あるだろう。信頼とかじゃだめなのか。それとも生徒会長の辞書にはそういう文字はないのかな。
それと気になったのだが、たしか私は調査のために呼ばれたという事だったはずなのに、なんだか結論ありきの尋問になっている気がする。
生徒会長閣下の雰囲気も、昼間見た時より少し暗いように感じる。空気が悪いせいかな。
「またかなり古い話になるが、以前、学園に授業参観なる制度が導入される話が持ち上がった事があるそうなのだが、その話も、君の兄上の次期辺境伯が己の立場を強く主張して立ち消えになったとか」
何かあったな、そんな話。
しかし生徒会長の言い方だと、まるでハインツが権力に物を言わせて計画を中止させたかのように聞こえるが、正しくは「自分の立場を主張したハインツが教師に叱られ、それでも暴走したために時期尚早と判断されて凍結された」という流れだったはずである。
まあ大筋で間違ってはいないので明確に反論しづらいのだが、悪意ある切り抜きをされているような気がするな。
「そして極めつけは、今年度に入学したマルゴー家の末の子息だ。
私が聞いていた話では令嬢だったはずなのだが、なぜ令息が入学している? しかも仮面をつけての登校など、ふざけているにもほどがある。
あれは本当は一体誰なのだ。どこから連れてきた」
これはもう、ですよね、としか言いようがない。
微妙に間違ってはいるが、ほとんどの主張は大体合っている。
どれもたしかに、生徒会長としては口を出さずにはいられまい。
「これまでの生徒会長は皆、高位貴族である第一クラスから選任されていた。そのおかげでマルゴー家に忖度し、見逃されていたのかもしれないが、私はそうはいかないぞ。覚悟することだな、ミセリア・マルゴー」




