18-14
「……もう気付かれたのですか。さすがはお姉様ですね」
いや、気付くし普通に。
と思ったが、よく見たらこの見覚えのある仮面は結社由来のものか。
これには確か認識阻害だかなんだかの効果が付いていたので、もしかしたら普通は気付かないのかもしれない。
ていうか、こんな装備でよく会場に入れたな。そんなガバガバなチェック体制にはしていなかったはずなのだが。
もしかしたら私の母がいたからかな。イベントの最高責任者の親類だったら、それはノーチェックで通してしまうかもしれない。
ということは、委員会の仲間やグスタフ興業の職員たちから、私はこの格好のフィーネと親類だと思われてるのか。何の罰ゲームだろう。
「ですが、この格好の時は私のことはフィーニスとお呼びください」
「それはわかりましたけれど……」
名前を変えるということは、学園ではその格好でその名前で通すということだろうか。
母と一緒に来たのに母が何も言っていないのは、この変装に母も一枚噛んでいるからなのだろう。子供を変装させるの好きだなお母様。
しかしそれにしても。
「……ものすごく似合っていますね、フィーネ」
「……わかりましたって言ったのに全然わかってくれていませんね、お姉様……まあそういうところも愛おしいのですが」
立ち上がったフィーネの目線は私と同じくらいだ。
どういう事かなと思って足元を見てみると、足首のあたりが少し不自然なラインになっていた。これシークレットブーツか。こんなのあったのか。いや、もしかしたらこのために作らせたのかもしれない。
しかし、思った以上にフィーネの貴公子姿は堂に入っている。
例え仮面が無かったとしても、言われなければ女の子だとはわからないくらいだ。私が言うのもなんだが。
そういえば最近は実家に帰っても躾担当のドクトゥス婦人と会うことが無くなっていたが、もしかして令嬢の躾は諦めてこちらの躾にシフトしていたのだろうか。
唯一の女児がそんな事になって大丈夫なのかマルゴー家は。
本格的に何のために私が男の娘をやっているのかわからなくなるな。あれかな、もしかして美しさのためかな。なら仕方ないな。
「さて。では自己紹介も終わったところですし、踊っていただけますか?」
本当は良くない。
私たちはあくまで運営。本来なら壁際に待機して常に不測の事態に備えていなければならない。
運営側が参加者と踊る事など出来ない。
「……まあ、それは別に構いませんけれど」
でも私は運営委員長。一番偉いわけだし、ざっと見たところ──目の前のフィーネ以外には──問題も起きそうにないし、私以外にも優秀なスタッフはたくさんいるし、まあいいか。
それに、このうちゅ、世界一美しい私と、男装した世界で二番目か三番目に美しいフィーネとのダンスなら、あるいは人類史に残る芸術的なイベントになるのでは、という好奇心を抑えられそうになかった。
私もこれまで実際に踊ったことはないが、女性のステップは全て習得してある。なぜかと言うと、ドレスを着て踊る女性の姿は美しいからだ。
◇
フィーネは普通に男性のステップをこなし、私のダンスに付いてきていた。
すごいな。変なブーツ履いてるのに。これ絶対ブーツ履いた状態でめちゃくちゃ練習してただろ。
いつから計画していたのかな。
「ありがとうございます、お姉様……! お姉様とダンスを踊れるだなんて、今日はなんて素晴らしい日なのでしょうか……! そうだ、この日をお姉様とダンスを踊った記念日として、マルゴー領の特別指定祭日にするようお父様に進言しましょう! いえ、それだけでは足りませんね。ダンスを踊るお姉様の美しさを称える記念日、美しいお姉様がダンスを踊られた記念日、そして……この私と、ダンスという初めての共同作業を行なった記念日を!」
偽名まで使ってるのに、隠す気あるのかなこの子。例の仮面がきちんと仕事をしているのなら問題ないのだろうけど。
あと、その記念日結局全部同じ意味では。
これがハインツならもう少しちゃんと設定していたのだろうが、フィーネではまだ若いせいか、その辺りの詰めが甘いようだ。
しかし、それにしても。
もはや疑いようのない、ハインツ譲りの奇行。
どう見てもフリッツと同系統の趣味の、お揃いの仮面。
そして、私と同じく、性別を偽ってもなお美しいこの姿。
なんだこの、マルゴーの闇を全て凝縮したかのようなサラブレッドは。
お母様はいったい何を生み出してしまったのか。
私の気持ちが届いているのかいないのか、母はこちらを見てにこりと笑った。
いつの間にかその隣に来ていた父は眉間を揉んでいた。あ、これ知らなかったやつだなたぶん。
ていうか、本当にいいのかこれは。
社交界に出ているとはいえ、未成年であるフィーネはこの入学パーティが公的行事の正式なデビューであるはずだ。
そこに男装して仮面なんて付けて偽名で参加するとか、聞いたことがない。いや、私が言うのもなんなんだが本当に。
突然見知らぬ奇行子──貴公子とダンスを踊り出した私に驚き、色々と聞きたそうにしているグレーテルを適当にあしらっている間に、いつの間にかパーティは終わっていた。
意外に長い時間踊っていたようだ。
妹と遊ぶのも久しぶりだし、時間を忘れるくらいには楽しかったし、入学パーティも成功だったと言っていいだろう。
ところで、人類史に残る芸術的な偉業を目にしてしまった目撃者の皆さんはさぞびっくりしてしまっただろうな、と思っていたのだが、フィーネの怪しいマスクのせいかほとんど注目されていなかったようだった。
むしろグレーテルはよく見えていたな。これあれかな。私の事ばっかり気にしてるから部分的に認識阻害に抵抗しちゃったのかな。私への愛が重すぎる。
誤字報告とかを別にすると、なんだかんだ向こうのシステムの方が修正しやすい気が。作品ごとに下書き作れるし。
なので黄金の経験値も結構改稿してる感あります(独り言




