18-12
「早かったわね、フィーネ。まだ入学パーティまでしばらくあるわよ」
「道中、何もなかったか」
「お母様、お父様。お久しぶりです」
フィーネは両親に対して淡白にそう返した。私の時とのこの温度差である。ハインツに似ているというのはそういうところだぞ。
ただ両親は特に気にした様子も無かった。いつものことなのだろう。ハインツも含めて。
翌日から、私はフィーネに王都の案内をしてやることにした。
入学パーティの手配はすでに済んでいるし、私は時間が空いている。
フィーネも入学に際してやるべきことは終わっているそうなので、時間に余裕があるのだ。
ここでいつもの母ならフィーネに学業や礼儀作法の予習をさせているところだろうと思ったのだが、特にそういう指示は出ていなかった。もう十分ということだろうか。それとも諦めたのかな。
マルゴーは比較的緩い家風だが、一応王国有数の大貴族に名を連ねている。
その令嬢が2人で出かけるとなれば、まさか徒歩で行くわけにはいかない。
それなりのサイズと頑丈さの馬車に、それなりの護衛を乗せて外出するのがマナーというものだ。
これは自分たちの安全のためだけでなく、貴族令嬢を狙おうとする者たちを牽制する意味もある。狙うのはいいが、身の程をわきまえて行動しろよ、というわけだ。
もちろん罪を犯そうという者が悪いのだが、軽犯罪者の中にはその精神性が一般市民とほとんど変わりがない者もいる。
普段は普通に働いているが、ギリギリのところでつい魔が差して軽い犯罪に手を染めてしまった、というようなタイプだ。
この手の軽犯罪者は悪事に慣れていないせいもあり、稀に獲物を見誤って大火傷をしてしまう者が出る。ちょっと小遣い稼ぎにと財布をスッたら、その被害者が貴族の従者で、スッた財布には貴族家の生活費が入っていた、だとか。
被害者が社会的地位のある家となれば当然衛兵もいつも以上に必死に捜索するし、捕まれば死刑は免れない。その軽犯罪者も、貴族の関係者さえターゲットにしなければ、仮に捕まっても罰金と数日の労役で解放されていただろうに。
犯罪者であっても、きちんと罪を償いその後の人生で普通に働いて生きていくのであれば、国からすれば立派な労働力である。死刑で無為に溶かしてしまうのはもったいない。
そういうわけで、高い身分にある者には相応の姿格好と振る舞いが求められるというのが上流階級のマナーになっているのである。
もちろん現代のインテリオラはそこまで治安が悪くないので、これも過去にはそういう事例があったという慣習でしかないのだが。
そういう理由で、私たちは豪華な馬車で王都を進んでいた。
大貴族用にと設えられた立派な馬車は、もちろん馬1頭で牽くのは難しい。
うちのサクラは優秀なので、4頭牽きのマイクロバス並の馬車でも1頭で余裕で牽けるが、それはあくまでレアケースだ。
なので、可能かどうかとは別の問題で、単純に馬車の構造的に1頭では牽きづらかったりする。
そこで今回はフィレとヴァラに牽いてもらう事にした。2頭ならバランスが取れる。
サクラが不満げにしていたが、サクラと他2頭の間にはまだまだ大きな力の差があるので、サクラを混ぜると結局バランスが取れなくなってしまう。サクラには丁寧に説明してわかってもらった。
「──デートですね、お姉様!」
「デート……ですかね」
御者はいつも通りディーが務めている。
馬車の中には私とフィーネ、そしてフィーネの従者のバレンシアともうひとりの少女だ。
保護者付きでもデートって成立するのかな。
あと、私の胸元にはボンジリが入っているし、スカートの中にはネラとビアンカもいる。
そういう意味ではペットの散歩の方が近いような。
まあ主目的は私がフィーネを案内することなので、そういう意味では2人のお出かけと言っても過言ではないのだが。
まずは近場からと、私はミセリア商会の工場から案内する事にした。
卒業パーティ以来、新たに人材の供給元を入手した私は、そちらの方の伝手で何度か工員の募集をかけていた。
最初のうちこそマルゴー家の支配区域ということで敬遠されていた工場区だったが、待遇や給金の良さに釣られてか、そこそこ人材が集まってきている。
「たくさんの方が働いていらっしゃいますね! これ全部お姉様のものなのですか?」
その認識はおかしいな。いや貴族令嬢としてはおかしくないのかな。
「私が養うべき従業員という意味でなら、そうですね」
まあどういう意味であったとしても養うべき従業員は別に私のものになったりはしないと思うが、その辺りの情操教育は私の仕事ではないのでとりあえず頷いておいた。
あと、フィーネはたくさん働いているとは言ったが、動きからしておそらくあれはまだ先輩工員による指導、いわゆるOJTの途中だろう。就職したからといってすぐに戦力になるわけではないのだ。
もちろん、当社では教育中であろうとも給料は出るし、指導する工員には期間中別途手当も出る。特に給料が上がるわけでもないのに新人に教えさせられ、新人がミスをすれば先輩の責任になってしまうなどといった悪しき文化は作らないのだ。
「お姉様お姉様! あれはなんですか!?」
「あれは魔導UVランプですね。太陽を模した光を出して、肌を焼く事ができます」
「アンデッドも焼けそうですね! さすがはお姉様! ではあれは!?」
「……あれは魔導パーマロッドです。ロッドの部分が発熱することで、髪に人為的にクセを付ける事ができますよ」
「もう少しだけ出力を上げれば弱い魔物なら焼き切れそうですね! 焼くの好きですねお姉様!」
別に私は焼くことに対して特に思うところはないのだが。
「あっちのは何ですかお姉様!?」
「あれは……魔導スチーマーのラインですね。温かい蒸気を作り出して顔などに当てることで、肌のダメージケアや保湿に役立つ魔導具です」
「蒸し焼きにも出来そうですね!」
いや、焼くのはもういいってば。なんでそんなに殺意高いんだ。
ていうか、仮にも私の妹ならば、美容に繋がりそうなファクターにはもう少し食いついてほしいところなのだが。
母なんてうちの製品全部持ってるのに。
◇
フィーネが王都にやって来てから入学パーティまでの間、私たちはそれまで離れ離れだった時間を埋めるかのように一緒に過ごした。
王都も色々なところを案内してやり、知り合いにも紹介して回った。
私にはこんなにも美しい妹が、それこそ世界一の美少女(♀)であると言っても過言ではない妹がいるのだ、と自慢をしたい思いもあったかもしれない。
「──明日はついに、入学パーティですね。お姉様」
「そうですね」
ついに、とか言うほどのものでもなかった気がするが。
まあ私と違ってフィーネはいずれどこかの家に嫁いでいかなくてはならないし、そのための顔繋ぎも兼ねていると思えば確かに重要なイベントなのかもしれない。
「……久しぶりに、とても楽しかったです。ありがとうございました」
「フィーネ?」
「なんでもありません。おやすみなさい、お姉様」
フィーネはそう言い、何かを吹っ切るように笑った。
それが、私が見た、世界一美しい美少女(♀)の最後の笑顔だった。




