18-11
特筆すべきこともなく、卒業パーティは成功に終わった。
参加者からも例年よりも豪華だったと好評で、それでいて予算も控えめだったと学園関係者も喜んでいた。通常よりも割増価格で請け負ったので当然だ。
グスタフ興業には親会社である私の商会から資金が流れているので、多少利益が減ったところでグスタフ三世を始めとする従業員たちに支払われる給料は減ったりはしない。それに私としても慈善事業でやっているわけではないので、原価を割ってしまうような請け方はしていない。
まあ元々事業主だったグスタフの取り分については以前よりも増えているかどうかは微妙なところだが、仮に事業に失敗してもその時はミセリア商会で何かしらの仕事と立場を用意してやれるので、リスクを負う必要がなくなったということで満足してもらいたい。
そのグスタフだが、私が商会を吸収したら名前も「ミセリア興業商会」とかに変更されると思っていたらしく、そのままグスタフ興業を名乗らせると言ったら驚きながらも喜んでいた。
いや、あの商会を私が経営していると学園にバレるともしかしたら怒られるかもしれないので、そんな事はしないが。
もちろん経営上の協力者であるタベルナリウス侯爵には相談しているし、私と侯爵の両方から同席していたユリアに口止めもお願いしている。
先日のグスタフの様子からも分かる通り、インテリオラでは企業買収はあまり一般的ではない。
交渉の途中で突然経営者が変わることなどまず無いので、学園も私の傘下の商会と取引している自覚もないだろう。
公的機関で何かしらの決定権を持つ者が、自分の商会などに優先的に仕事を振る事は確かに推奨されていないが、別に正式に法で規制されているわけではない。
その上で、慣例的に取引していた企業のトップが突然発注側の関係者にすげ替わるといった事例がこれまでに無いとなれば、私がそれで怒られてしまう事もあるとは思えないが、まあ念の為だ。敢えて痛くない腹を探られる事もあるまい。
そういうわけで、私はそのまま入学パーティもグスタフ興業商会に任せる事にした。
プランニングも安心と信頼のエーファである。
発注には催事運営委員長の私の名代としてユリアに行ってもらった。別にユリアに何とか仕事を用意してあげようとしたというわけではなく、相手側の担当者と顔を合わせた事があるからだ。これも立派な実績である。
ちなみに、催事運営委員会にはユリア以上に仕事をしていないメンバーもいる。
グレーテルのことだが。
後でジジたちに聞いたところによると、彼女がした最大の貢献は私を呼んできたことらしい。
それならしょうがない。
◇
「──お姉様! お会いしとうございました!
ああ、なんてお美しいのでしょう! 私はこれまで、お姉様をこの世で最も美しい方だと思っておりました! けれど、それは正確ではなかった! なぜならば、私の愛するお姉様は、常にその美しさを更新し、私が知る基準など日毎、秒毎に塗り替えられて──」
「久しぶりですね、フィーネ。ちょっと見ない間にハインツ兄様に似てきましたか?」
「そんな!? 私が目指しているのは今も昔もお姉様ただおひとり! お兄様に似ているだなんて、ひどい事を言わないでください!」
あ、自覚ないのかこれ。すごいな。
兄妹だし、似てしまうのは必然なのかもしれないが、フリッツよりハインツの方に引っ張られてるように見えるのはインパクトの強さの問題かな。フリッツのキャラが弱いって事かな。いや、彼も結構アレだと思うのだが、アレでもまだ弱いのか。やばいなマルゴー家。
ていうか、その論理だと私のキャラもハインツに負けてるってことになるのか。
別に全然悔しくはないのだが、なんだろう。ちょっとモヤモヤするな。
そしてフィーネには2人の従者が付き従っていた。
ひとりは元からフィーネの従者をやっていた少女だ。以前、私が王都に行くとなったときに、私の下着を洗わせるのが忍びないから却下になった子である。
問題はもうひとりの方だ。
「──ご無沙汰しておりマス。お嬢サマ」
フィーネの従者として、犬耳男の娘のバレンシアが付いてきていた。
元気そうで何より──なのだが、彼女が従者というのは大丈夫なのか。
彼女をコーディネートしたのは母なので母は知っているはずなのだが、今はメイドキャップのようなものや裾の長いスカートに隠れているが、バレンシアには耳や尻尾が生えているのだが。
しかも尻尾に至っては前と後ろに1本ずつある。
「……ご安心くだサイ。フィーネお嬢サマの下着を洗うのはワタシではありまセン」
いや別にそこだけを心配しているわけではないのだが。そこも心配だったけど。
「……大丈夫デス。自分の下着は自分で洗いマス」
まあそこもちょっと気にはなっていたが。
ていうか別に一緒に暮らすのだし私のと一緒にディーに洗ってもらってもいいけど。
「……ワタシは学園内でのフィーネお嬢サマの護衛役デス。当初の予定でハ戦闘可能な執事見習いが就く事になっておりまシタが、ワタシの方が適任だということでワタシがその役目を仰せつかりマシタ」
確かに、バレンシアが内包している魔力は人間ではちょっと見ないレベルであるし、それを扱うだけの戦闘技術も持っている。フィーネの護衛をしてくれるというのならこれほど安心できる要素もそうない。
でも、フィーネと同じくらい常識に欠けている気がするしな。
一抹の不安は拭いきれない。




