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例年、会場の準備を発注している業者というのは、私も全く接点がない商会、つまり最も重要であるコネクションが無い商会であった。
しかし私も自前で一端の商会を持つ身、加えて王都商人ギルドの理事の末席を汚す身である。
以前にタベルナリウス侯爵に忠告を受けた通り、商人ギルドに睨まれれば王都で商売をする事は出来ない。それを考えれば、まともな商会なら私の訪問を一見さんお断りと跳ね除けるような事はすまい。
というわけで、週末私は学園からのパーティ関連の仕事を請け負っているという業者を訪れた。
すでに進級に必要な単位を確保している私は別に週末に拘らなくてもよかったのだが、私以外にももうひとり、大して役に立っていないメンバーがいたので、彼女と予定を合わせるために週末に行くことにしたのだ。
「──こちらがその、パーティ会場の設営や運営に強い業者さんですの?」
「私が調べたところによると、そうらしいですね。ユリア様」
その人物とは、そう。ユールヒェン・タベルナリウス侯爵令嬢である。
彼女もまた、通常の事務作業では目立った役には立っていない。
そして父親が今や王都商人ギルド理事長の座についているユリアであれば、業者に対するプレッシャーとしてはそれなりのものを持っていると言えよう。
というか、だったら私要らなくないかな。
逆に私がいるならユリアは要らないとも考えられる。
どっちか片方だけいればよかった案件だなこれ。傘と雨合羽両方持って出かけるみたいな。
いや、私にはユリアにはない強みがある。
それを活かしていこうではないか。
「こっこれはタベルナリウス侯爵のご令嬢に……そちらは……ええと、あっまさか、新しく理事になられたミセリア・ブランドの……!?」
出向いた業者──グスタフ興業商会の店番らしき男性はユリアの顔を知っていたらしい。
店に入った彼女の顔を見てすぐに揉み手を始めて擦り寄ってきた。
同時に私の顔にも気づいたようで、私は会った覚えが無かったのでおそらく初対面だと思うが、それでも秒で気づいたあたりに優秀さを感じる。
その店番の男により、私たち2人は応接室に通された。
彼が顔を見たこともない私を見てすぐに噂の新米理事だと気づいたのは、もちろん私の美しさのせいだろう。
この世の中に、この私以外にこれほど美しいギルド理事など存在し得ないからだ。
王都において、ワールドクラスの美しさを持つ者と言えば、私かグレーテルしかいない。
グレーテルも表に出られない王女であるため、その顔を知っている者は少なかろうが、並外れて美しいという噂自体は出回っている。この私と同様に。
彼は私がユリアと共に現れた事で、王女ではなくギルド理事の方だろうと判断したというわけだ。
ただもし仮に私が王女であり、それを間違えてミセリア・ブランドのトップだと言ってしまったとしたら、最悪の場合は不敬罪も有り得る。
ここは学園の中とは違い、厳格な階級社会だ。
常に実力を示し続けなければ存続できない貴族、その頂点に立つ王族に対して敬意を失した態度をとったとなれば、罪に問われる事もある。
そこを敢えて私と断定し、口に出す事でその覚悟と自身の目利きの力をアピールするとは、ただの店番とはいえこの男、もしかしたら商売人として大成するかもしれない。
「……あっ。まさか王女様じゃありませんよね? もしそうだったら、今のは聞かなかった事に……」
いや、例え後から不安に駆られてしまったのだとしても、そういうのは口に出して言うなし。
この男、もしかしたら商売人に向いてないかもしれない。ていうか接客業に向いてないかもしれない。誰だ店番に指名した奴。
私たちは商人に向いてるんだか向いてないんだかわからない男、店番のドノヴァンに要件を伝えた。
ドノヴァンは王立学園からの通例の依頼と聞いたところで笑顔を作り、今年からは学園ではなく有志の学生による団体がパーティを運営すると聞いたところで渋面を浮かべた。思っている事が顔に出過ぎである。やっぱり商人向いてないな。
「……その、申し訳ありませんが。ユールヒェン様に関しましては、タベルナリウス商会ともお付き合いがございますが、残念ながらご本人の信用度としましては、その……。タベルナリウス商会が取引の保証をしてくださるなら話は別ですが……」
「……くぅ……」
ユリアが悔しげに唇を噛む。
店ヴァンの言う通り、仮に将来的にタベルナリウス商会で何らかの立場や仕事を与えられる予定があったとしても、今はまだユリアは一介の学生に過ぎない。その信用度は、商会に何らかの保証でも与えられていなければゼロである。
連れてくればこのように話くらいは聞いてもらえるかもしれないが、それだけなのだ。
もちろんここでユリアを優遇しておけば、タベルナリウス侯爵に何らかの便宜を図ってもらえるかもしれない。
しかし商人というものは優秀であればあるほど身内に対してそうした優遇はしないものだ。何故なら1円にもならないからだ。
タベルナリウス侯爵は優秀な商人であり、矜持を持つ貴族でもあるので、娘だからといって過度に甘やかすような真似はしない。いや金銭で図れる便宜なら図るかもしれないが、商会の信用を貸すとなるとまた別の問題なので、そういう事は絶対にしないだろう。
「それと、当店はミセリア様の商会ともお付き合いがございませんので……。出来ましたら、まずは小口のお取引から始めさせていただいて……」
「……」
私は唇は噛まない。この美しい唇が荒れてしまっては世界にとっての損失なので。
加えて、店ヴァンの言葉が予想通りであった事もある。
私の商会とこのグスタフ興業商会との間には取引はない。
なので、このように言われることはわかっていた。
確かに私は飛ぶ鳥を落とす勢いの新興商会の会長であり、同時に王都商人ギルドの理事でもある。さらに理事長の後見も受けており、実家は領地貴族で最大の力を持つマルゴー家だ。
しかし、やはり取引実績が少ないというのは痛い。
これはグスタフ興業との取引ではなく、王都全体との取引の実績だ。
仮にグスタフ興業との取引が無かったとしても、他の商会との取引の実績が豊富であれば、そこには一定の信用があると見做す事も出来る。
私の商会は私の工場で生産した製品を売るためのものであり、また製品の製造に必要な材料の一部はタベルナリウス商会から纏めて仕入れているため、他の商会との取引実績がほぼないのだ。
口さがない者などは私の商会を、侯爵が愛人に道楽でやらせているものだと揶揄するほどである。
そういうわけで、この店ヴァンにとっては私もユリアと大差ないレベルの相手でしかない。
ただ現時点で商会を私有しているため、一応小口の取引を持ちかけておこうかという程度である。
ふむ。
やはり一見さんでは厳しいな。
ここは私の持つアドバンテージを最大限に活かすしかないようだ。
「──そうですね。では、ちょっとした小口取引の商談といきましょうか」
私は自分のドレスの胸元に手を突っ込んだ。
男と女と男の娘、密室、数時間。何も起きないはずがなく…




