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馬の問題が片付いてしまうと、特にやることはなくなってしまう。
お金を使った分稼がなければ、ということで工場の視察とかに行ってもよかったのだが、私が行くとなるとつまりオーナー社長の抜き打ち視察という事になる。
断言してもいい。そんなもの、現場にとってはマイナスにしかならない。
抜き打ちのはずなのに何故か数日前から周知される情報、各種チェックシートのまとめ書き、掲示物の貼り替え、終わらない4S──うっ頭が。
というわけで、どう転んでも現場の負担にしかならないだろうし、やめておくことにする。
私という女神に拝謁出来る事で眼福を得られるメリットはあるが、それも仕事中ではプラスに働くかどうかは疑問だ。
朝イチに朝礼でもしてそこでスピーチをやってもいいが、それもどうだろうか。
季節、天候に関わらず野外で行なわれる朝礼、始業前なのに集合させられる賃金の発生しない拘束時間、腕の上がらないラジオ体操──うっ頭が。
私の美しさを餌に従業員を大量雇用する計画もあったが、元から雇っている者たちの待遇のこともあるし、ちょっと慎重に考えたほうが良さそうだ。
学園にいかない、工場も見ないとなると、本格的にやることがない。
元々王都には学園に通うために滞在しているので、学園に行かない場合にやることがないのは当たり前ではある。
自覚はないが旅の疲れもあるかもしれないし、しばらく屋敷でのんびりペットたちと戯れながらゆっくり過ごせばいいか、という事にした。
◇
「──ミセル。5日前の事は覚えているな」
日々のんびりダラダラ過ごしていたところ、夕食の後に母や使用人たちを下がらせた父に急にそんな事を言われた。ていうか領地帰らなくていいのかな。
「もちろんですお父様。フィレとヴァラを正式に購入する前の日ですよね」
「そう……だったか? いやまあ、そうだったかもしれんが、それは別に重要なファクターではないだろう」
新しい家族を迎えた日なのだから十分に重要だ。その前日についてはどうかと言われると微妙かもしれないが。
「それで、フィレとヴァラを迎える前の日が何か?」
「その思い出し方はよせ。5日前はお前が王都に帰ってきた日だ」
「……ああ、そうでした」
帰ってきた翌日に貸し馬屋に行ったので、確かにそうだった。
その日は正直疲れていたのであまり記憶に残っていない。
覚えているな、という父の言葉は肯定してしまったが、それは間違いだったかもしれない。
「あの日、お前は聖シェキナ神国での出来事について、問題なく敵軍を退けることが出来た、と報告していたな」
適当にはぐらかしていたような気がする。正直覚えていない。
「……そうでしたっけ。うふふ」
困った時はそう言っておけばいい。前世の政治家にも確かそんな受け答えをしている人がいた。
これでダメなら「記憶にございません」か「秘書が勝手にやりました」かな。
父は無言で私を見ている。見惚れているのかな。
もちろん、本当は違うことは私にもわかっている。これはあれだ。睨んでいるな。
「……今日、インテリオラ王国に聖シェキナ神国から正式な発表が届いた。竜騎士という軍事勢力と交戦状態にあった事、その脅威はすでに退けられた事、そして──」
そこまでは私の報告と間違ってないな。賢い私がどうとでも取れるように曖昧な言い方ではぐらかしておいたお陰だが。
「──神罰によって、聖シェキナ神国にいた竜騎士たちが全てこの世から消滅した、という事がだ」
あれ、そこ言ってなかったかな。
言ってなかったかもしれない。
しかし聖シェキナ神国は当初、竜騎士の襲撃については伏せる方向だったように思う。
シェキナから聞いた話によれば、それは周辺国家に余計な負担を強いないためだという話だったが、事が済んでしまった以上はもう隠しておく必要はないと判断したということだろうか。
「ミセル。神罰の件、何故隠していた?」
「……隠していたわけではありません。ただ……」
「ただ、なんだ」
「……ちょっとなんて説明したらいいかよくわからなかったので、はしょっただけです。それに、当時はそれが神罰なのかどうかは分かっていませんでしたし。神罰云々は女神教が後付けで勝手に言っているだけですよね」
あれは神の試練なので、罰ではない。
私も別に罰を与える目的で落としたわけじゃないし。
あと、神罰って普通は信者とかに与える物なんじゃないのか。
私が思うに、罰というのは罪がなければ成立しないシステムではないだろうか。
そして罪とは普遍的なものではなく、特定の集団で定められているルールに違反した時に初めて発生するものである。
この原則から考えると、神が与えるとは言っても、これもまた特定の集団に所属しその集団のルールを受け入れている者でなければ、罰など受ける謂れは無いはずだ。
女神教が公言しているのだから名目上は女神教が信奉している神が落とした罰なのだろうが、女神教の信ずる神とは女神シェキナの事であり、その実態はマルクト神である。ややこしいなもう。
マルクト神はこの星に魔素を持ち込んだ外来種の一味であるので、魔力を持たない竜騎士たちが信仰しているはずがない。
信仰しているわけでもない神にいきなり罰を下されるとか、契約した覚えもないのにいきなり料金徴収しにくる放送局のようなものである。
「確かに、女神教が勝手に言っているだけではあるな……。しかし少なくとも、この発表から読み取れる事はある。
ひとまず神罰云々は置くとしても、気になるのは女神教が竜騎士襲撃を公にする気になった事情だ。
元々、連中は周辺国家に情けをかける腹積もりでこれを秘匿しようとしていたはずだ。周辺国家の助けが必要になったから仕方なく、というのであればまだ分かるが、竜騎士たちはすでに退けているという。
普通に考えれば今更公表する理由はない。にもかかわらず公表したのは、公表する理由はないが公表せざるを得なくなったから……つまり、隠しきれない何かが起きてしまったからだ」
いや、竜騎士襲撃だって十分に隠しきれない事態だったと思うが。
行商人とかも被害に遭ってただろうし、どうせそのうち噂を通じて広まっていたと思う。
まあ民間の噂レベルならどうとでも出来る、と考えていたのかもしれないが。怖いな宗教国家。でも便利。
「そこで神罰だ。この神罰と嘯く何らかの現象こそが、神国にとってどうやっても隠しきれない重大な事態だった、と考えるのが合理的ではないか。神罰と名付けるくらいなのだから、人智の及ばぬ大災害クラスの何かが起きたと考えるのが自然だろう。
しかし女神教の聖地を謳う聖シェキナ神国が何の謂れもなくそのような大災害に見舞われたというのは外聞が悪い。教義の上では神に守られているはずの土地なのだからな。
そこでその災害を神罰とし、その理由を竜騎士による襲撃とすることで、神罰は竜騎士たちに下されたのだという筋書きにしたわけだ。
違うか?」
いや知らないし。私に聞かれましても。
しかしさすがはお父様である。実にそれっぽい。たぶんそれで正解だろう。
その筋書きとやらを書いたのがシェキナかサンダルフォンかは知らないが、あれで中々苦労しているようだ。
「……答えんか。まあいい。
で、だ。私が聞きたいのは、実際のところ何があったのか。神罰とは具体的に何のことだったのかということだ。
お前はその目で見てきたのだろう?」
安楽椅子探偵ライオネル
(椅子が)壊れるなあ




