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大規模な魔法で一掃する、というのは無理だろう。
すでに『悪魔』がやったように、魔法攻撃は効果が薄い。
全く効いていないというわけでもないようだが、戦闘不能に追いやるほどのダメージは与えていない。消費する魔力を考えると、費用対効果は実に悪いと言えるだろう。いくらこちらの方が強いとは言え、そんな攻撃を繰り返していればこちらが先に参ってしまう。
ここで、クロウの放ったビームライフルの効果を考える。
あれのエネルギー源はマルゴー産の高品質魔石である。
なので、広義で言えば魔法の力による攻撃だと言って差し支えないだろう。
しかし『悪魔』の魔法とは違い、竜騎士にも十分なダメージを与えているように見える。開発者であり射手であるクロウの表情から見ても、おおよそスペック通りの性能を発揮しているとみていい。まあ、クロウはサイク──特徴的なゴーグルを付けているので、表情が非常に読みにくいのだが。
そして『悪魔』の【魔道士殺し】だ。
あれは彼の固有っぽいスキルであるが、他の魔法やスキルと違い、【魔道士殺し】はダメージ自体にはあまり魔力が使われていないように感じられた。
【魔道士殺し】において、その少ない魔力の消費は全て、対象の防御や魔法防御を貫通する事に注ぎ込まれているように見える。
以前にフリッツに攻撃したときも、そして今もそうだが、かなりの広範囲にかなりの威力の斬撃をばら撒いている【魔道士殺し】はつまり、それ自体はすべて『悪魔』自身の技量によるものだということだ。思ってたよりやるな『悪魔』。
一方で、同期の『死神』は奮わない。
彼も手綱を取りながら、隙を見て【第四の騎士】とかいうスキルを放っているようだ。
あれは確か、うちの実家の裏庭の植物を枯らした事があったのだった。
今も竜騎士たちには何の効果ももたらさず、たまに見え隠れする地面の草やまばらに生えている低木が一瞬で枯れたりしている。なんで今そんなの撃ってるの。植物に恨みでもあるのか。
ともかくこれらの事からわかるのは、竜騎士たちには確かに魔法の力は効きにくいが、しかし直接的に魔法によって生み出されたわけではない何かであれば、その運動エネルギーが魔法によって付与されていたとしてもダメージが与えられるらしい、という事だ。
私は空を見上げた。
雲ひとつない快晴だ。まあ局所的に虹は出たけど。
もし天気が悪くなるようならば、空をいい感じにして晴らしてしまえばいいと考えていたが、その心配はなさそうだ。
いい感じにして空を晴らす事が出来るのであれば、逆にいい感じに雨を降らせる事も出来るかもしれない。いや、おそらく出来る。
そして、降らせるのは別に雨に限った話ではない。
いい感じに雷雲が作り出せれば雷だって落とせるだろう。
いかに竜騎士たちに魔法が効かないと言えど、自然現象である落雷に耐えられるとは思えない。
しかし、それはこちらも同じだ。
もし間違って味方に当たってしまったら、おそらく殉職してしまう。そして光の速さで落ちてくる雷を、うまく制御出来る自信はない。ようしやるぞと思ったときには、たぶんすでに誰かが死んでいると思う。
というか、雷って普通高いところに落ちるものなのだが、今この場において竜騎士たちはそれほど高くはない。落雷のポイントを調節すれば多少低かろうと竜騎士の群れに当たるとは思うが、頑張って調節しようと練習している間に、周囲一帯で一番高い大聖堂や、戦場で比較的高めの馬上の私たちに当たる気がする。
どうせ落とすなら、もう少し速度が遅くて、かつ広範囲に破壊を撒き散らせるものの方がいい。
私は空を見上げたまま、そのさらに向こうを幻視した。
ギーメルの話によれば、神を自称する種子は宇宙からやってきたらしい。だから私は個人的に宇宙怪樹と名付けたわけだ。
だとすれば、この世界の外には宇宙空間かそれに類する空間が広がっているという事だ。
日中だが、うっすらと月の姿も見える。今まであまり気にした事が無かったが、そう言えば地球のものよりちょっと大きいな。実際に大きいのか距離が近いだけなのかはわからないが。
しかし衛星軌道上に天体が浮かんでいるという事実は変わらない。
であるならば、大地と月との重力均衡地点、いわゆるラグランジュ点に小惑星群や多数のスペースデブリが存在している可能性もある。
左手でサクラの手綱を握ったまま、右手を空に伸ばした。
ふと、私の意識が薄くなる。
薄く広く、大気に溶けていく。
溶けた意識は星の表面をめぐる大きなエネルギーとひとつになり、私の視点は高く高く、青く深い空に墜ちていく。
雲ひとつない青空を超え、どこまでも広がる私の意識は、暗く冷たい闇の中へ。
太陽と月の光に照らされて、闇の中に小さな小さな石ころがたくさん浮いているのが見えた。
その石ころを数個、手のひらでやさしく包む。
その瞬間、気付くと私はサクラの上で、天に掲げた右手で柔らかく拳を作っていた。
「……これは、やってしまったかもしれませんね」
「お嬢様? 何をやってしまったと……」
「──アマンダ! 『死神』! ビアンカ! ネラ!
戻りなさい! 私の側へ! 離れていると危ないですよ!」
まだもう少し時間はあると思うが、私はそれぞれ好き勝手に暴れているメンバーを呼び集めた。
あまりバラバラな場所にいると賢いボンジリでも守りきれないかもしれない。
「……ボンジリ、皆さんが集まったら、結界を。あと、ちょっと遠くに墜とすつもりなので大丈夫だとは思いますが、もし可能なら城壁さんも気にかけてあげてください」
「あの、お嬢様? 一体何が起きるんですか?」
「はい。もうじき空が墜ちてきます。そうですね、きっときれいな流れ星ですよ」




