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入学して数日。
まだ学園に慣れたと言えるほどではないものの、ある程度感覚は掴めてきた。
座学については問題なさそうだ。
これまで習った事のない科目に関しても余裕をもって付いていけている手応えがある。
野外の授業については病弱設定を前面に出し、すべて見学させてもらっている。
私は入学式典での不調アピールがあるので問題ないが、何となくグレーテルはそれに乗っかってただサボっているだけという印象がある。実際事実だし、これは私だけではなくクラスの皆も感じているだろうが、王女だからか特に何か言うような者はいない。
ユールヒェンもあれからつっかかったりしてこない。私がいつもグレーテルと一緒にいるからかもしれない。
そう言えば初日に話しかけられた時もグレーテルがちょうど居なくなったタイミングだった。
根は素直な縦ロール令嬢でもさすがに王家の威光には逆らえないのか、と現実の無常を感じてしまう。
この日は第二クラスと合同で魔法の実技授業だった。
王立学園には大きなグラウンドがある。
学園の敷地自体、王都の中心地区にありながら相当に広いものだが、中でもこのグラウンドが最も大きい面積を占めている。
運動系の授業のみならず、今回のように魔法の練習などでも使用するためだ。
グラウンドに出るとすでに第二クラスの学生が整列していた。
第一クラスよりも後から来るわけにはいかないとかで、休憩中から集まっていたようだ。
学園内では学園の立場が優先されると言っても、あくまで優先されるだけである。第一クラスと第二クラスの間には名目上の優劣はつけられていないが、学園内の立場が同じであれば、次に考慮されるのは当然学園外での地位になる。そういう力関係によって彼らは自主的に整列したのだろう。
魔法を使用するにあたって肉体的な負担はほとんどないと言っていいが、一応は野外で行なう実技授業なので私とグレーテルは見学である。
校舎を振り返ると1階に医務室が見えた。以前のグレーテルの推理通り、医務室はグラウンドに面した位置にある。
その窓際にルーサーが立っているのが見えたので軽く会釈をした。ルーサーもこちらに気づき、手を振ってきた。
するとグレーテルが私を押しのけ、ルーサーに舌を出してみせた。仲が良いようで何よりだ。
「──と、このように、魔法と言うのは人類になくてはならない力ではあるが、その取扱いには細心の注意が必要になる! 君たちもその事を肝に銘じ、油断する事のないよう授業に臨むこと!」
魔法実技担当の教師の前説が終わった。
内容は魔法の利便性と危険性についてだった。
高位貴族は幼少のころから魔法の教育を施される場合が多いため今さらの説明かも知れないが、そんな余裕のない家や平民の子には新鮮な話だったようで、第二クラスの学生は皆真剣に聞き入っていた。第一クラスの学生も育ちがいいためか、全員行儀よく聞いていた。
貴族の子女の中にはすでにある程度の魔法を使えるものもいるだろうが、初日である今日は初心者に合わせ、自分の魔力を自覚する訓練をするとのことだ。
これは2人で向かい合い、お互いに手を合わせ、手のひらを通じて相手の魔力を感じる事で、自分の中にある相手とは違う性質の魔力を自覚するというやり方が一般的だ。
これをやったからといっていきなり魔法が使えるようにはならないが、これをやらないと魔法は使えない。
私もここまでは実家でやったことがある。
誰が相手役をやるかで兄2人が殴り合いの喧嘩をし、最終的にダブルノックアウトで気絶したので母とやったという懐かしい思い出だ。
「ねえ、ミセル。私たちもアレ、やってみない?」
2人組を作って手を合わせ、魔力の感じ合いをしている学生たちを見ながら、グレーテルが不意にそんな事を言い出した。
教師が「はい2人組作って」とか言い出した時は言い様のない焦燥感に襲われたものだが、その感覚はすぐに霧散した。たぶん前世のパーソナルな記憶に抵触したのだろう。
「別に構いませんが、なぜでしょう。グレーテルも魔法の基礎はすでに教わっていますよね」
「そうだけど……。ただ見学してるだけって言うのもなんかね」
確かに。
せっかく同じクラス、同じ学年になれたというのに、私たちだけ蚊帳の外というのは少々寂しい。
「わかりました。やりましょう。グレーテル、手を」
「はい」
グレーテルが掲げた手に自分の手を合わせる。
するとグレーテルは私の指の間に自分の指を入れ、絡ませるように組んできた。
そこまでする必要はないのにな、と思いながらも何となく私も合わせる。
「──じゃ、行くわよ」
「どうぞ」
グレーテルが魔力を手のひらに集中させたのがわかった。
びりびりとした独特の感覚が伝わってくる。
私も負けじと自分の魔力を集中させる。
魔法が使えない状態の者同士では出来ない事だが、使える者同士であればこうした魔力のぶつけ合いも可能になる。私は魔法を使った事がないが、これくらいなら出来ない事もない。
私とグレーテルの魔力が握り合った手のひらを中心にぶつかり合い、きらきらとした謎のエフェクトが周囲に散っていく。
魔力を消費するとこのように謎のエフェクトが出る事がある。
これには何の力もないようで、一体何なのかは最新の研究でも判明していないらしい。
ただ人によってその色は違うらしく、私は自分の髪と同じ淡い金色、グレーテルもその髪と同じ珊瑚色をしていた。
魔力のぶつけ合いはしばらく続き、やがてどちらともなく放出を止めた事で終了した。
「……やるわね。っていうか、どうなってるの? 自分で言うのもなんだけど、王族って長い時間をかけて優れた血を取り込んでるから、基本的に能力高めな一族なんだけど。なんで互角なの……」
「私とてマルゴー家、弱ければ死んでしまう一族の末席ですからね。自分では戦わないとしても、その血は確かに流れていますから」
稀代の英雄との誉れも高い父のむす──娘である。戦う事は出来ないが、才能だけはしっかり継承しているはずだ。
マルゴー辺境伯については、当主が交代する度に「稀代の英雄」とか言われている胡散臭い家系だが、それもあながち嘘というわけではない。
マルゴーの当主がベッドの上で死ぬ事はあまりない。
死ぬ時は戦場である事がほとんどだ。若くして亡くなった祖父もそうだった。
そしてそんな祖父の仇を討ったのが我が父ライオネルである。
例え魔物の前に倒れたとしても、次代の当主がその魔物を討ち、次代の当主が倒れたとしても、そのまた次代が仇をとり、という具合に、マルゴーの当主は連綿と強さを更新し続けているのである。
「……マルゴーとの仲は最優先で繋いでおけとお爺様が言った意味がわかるわね。みんなこんななの?」
「わかりませんが、たぶん兄は私より相当上の実力だと思います」
「それはうちもそうだけど……。2人いらしたわよね、貴女のお兄様」
「はい」
もっと言えば、今の時点ではおそらく兄たちよりも領軍の軍団長の方が強いと思う。経験が違う、とか何とか父が言っていたのを聞いた事がある。
「一騎当千の猛者なら1人いるだけで戦況はがらっと変わることもあるって聞くし、やっぱマルゴーは魔境ね。仲良くしておくに越したことはなさそう。ま、まあそんなもの無くてもミセルと仲良くするのは吝かじゃないけど。と、友達だし?」
「そうですね。グレーテルは大切なお友達です」
と、そこで周りがいやに静まり返っている事に気が付いた。
見渡せば学生たちが私たちを見ている。教師もだ。
学生たちの目には一部を除いて一様に憧憬の色が宿っている。どうやら、煌めく私たちの美しさで魅了してしまったようだ。
ちなみに一部と言うのは言うまでもなくユールヒェンである。なお取り巻きの少女たちはうっとりした瞳でこちらを見ていた。いいのかな。
「……何か、目立っちゃったみたいね。ふっ……これも私たちの美貌のせいなのね。なーんちゃっ──」
「まさにその通りですね、グレーテル。最近よくわかってきたみたいで何よりです」
「──て。……そう、ありがと」
しかし、意図していなかったとはいえ授業の妨害をしてしまった事は確かだ。
「先生、申し訳ありません。見学させていただいている身でお邪魔をしてしまいました」
「……ああ、いや、構わない。皆、見ていたな! 魔力の感覚がつかめれば、ああしたことも出来るようになる! 残念ながら彼女たちはご実家の意向で実技は見学となっているが、皆励むようにな!」
はい、とクラスメイトたちは声をそろえて返事をした。
していないのはユールヒェンだけだ。また私を睨んでいる。
授業の邪魔をしてしまったのが気に障ったのだろう。やはり素直で真面目な令嬢であるらしい。
そんなみんなの邪魔をしてしまったのは申し訳ない。
私はグレーテルと手を合わせたまま、授業の成功を祈った。神は信じていないので、私自身の美しさに。
すると【祈願】や【鼓舞】などのワードが一瞬脳裏をよぎった。
その後、やる気をみなぎらせた学生たちは、なんとこの一回目の実技だけで魔力感知を達成してしまった。担当教師は例年だと数回の実技は必要になるものなのだがと言って感心していた。
どうやら真面目で優秀なのはユールヒェンだけではなく、今年の新入生全員であるようだ。
章題ですでに新たな変態の登場が約束されている感ある(