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再び馬車に乗り、騎士団の先導で城門をくぐると、門は巨大で重厚な扉によってすぐに固く閉じられた。
それを馬車の中で背後からの音で聞きながら、ゆっくりとメインロードを進んでいく。
古い城塞都市などにはメインとなる道路は存在せず、城門から城に至るまでの道は細く入り組んで作られ、外敵の侵入を制限する都市設計がされているところもあると聞くが、聖シェキナ神国はどうやら違うらしい。
おそらくこの国にやってくる者の殆どが巡礼や礼拝が目的であったため、本丸である大聖堂により早くわかりやすく到達できるようにという考えからだろう。
女神教は大陸全土で信仰されているため、この国を攻撃しようと考える人類国家はない。
もちろん聖シェキナ神国の立ち上がり当初からそうだったわけではないと思うが、教団設立黎明期からの様々な摩擦を乗り越えてあの城壁は徐々に大きく、強固になっていったのだろう。
また、聖シェキナ神国の周囲には魔物の領域もほとんど存在しないと聞く。
それらのことを考えると、今回の恐竜人類襲撃はまさに未曾有の国難だと言えよう。
馬車の窓から見える街の風景は、小ざっぱりして清潔感はあるものの、活気のようなものはない。
シェキナの話では神官と聖騎士、そして彼らの世話に必要な最低限の人々しか住んでいないそうなので、そもそも人口が少ないということだ。
聖職者の街なら娯楽も少ないだろうし、世話係の職人や商人たちは大変だな、と思っていたが、そうでもないらしい。
私は寡聞にして知らなかったが、商人や職人として聖シェキナ神国に招かれるということは大変名誉なことなのだそうだ。娯楽の少なさなど問題にならないほどの祝福を受けられる、のだとか。
私にはいまいちよくわからない心理である。文化が違うというやつだ。
かく言う私も、私という女神を信仰する者に対しては祝福の代わりに眼福を与えているので、たぶんそれと似たようなものだろう。
となるとミセリア商会の工場に職人さんたちが大挙して押し寄せる日も近いに違いない。工場は常に人手不足なので、今から楽しみだ。
◇
聖シェキナ神国での私たちの逗留先は大聖堂になるらしい。
当然だが、通常の巡礼者が大聖堂に逗留する事はない。これは私たちだけの特別な措置だそうだ。
大聖堂周辺には巡礼者用の宿屋が数多く立ち並んでおり、中には王侯貴族向けのハイグレードなホテルもあるが、今はどこも閑古鳥が鳴いている。いや、私は別にそっちでいいんだが。特別かどうかは知らないが、客を泊める事に慣れていない大聖堂より、その道のプロフェッショナルが勤めているホテルに泊まった方が絶対快適だと思う。
馬車は御者をしていたアマンダと『悪魔』が大聖堂の裏に仕舞いに行ってくれている。ただし、厩舎は神聖騎士団の宿舎にしか無いとのことなので、馬車を置いたら馬だけ連れてそちらに行ってもらわなければならない。騎士団宿舎は厩舎はあっても馬車を置けるだけのスペースはないので仕方がない。やっぱりホテルのほうが良かったのでは。そっちなら、馬車で巡礼する貴族とかもいるだろうし、ちゃんとした駐車スペースもあっただろうに。
「──お嬢。サクラちゃんは騎士団宿舎の方に連れていけばいいのかしら。でも普通の厩舎に入るの? この子のサイズで」
「こちらの2頭の馬も……これは確か、王都の貸馬屋で借りた馬だったよな? 何か、一回り大きくなってる気がするが、こんなんだったか?」
しばらくして馬車を置いたアマンダたちが戻ってきた。
『悪魔』は私たちの乗っていた小さい方の馬車を牽いていた2頭の馬を見て首を傾げているが、隣のサクラと比べれば小さく見える。別に普通のサイズだろう。何もおかしくはない。
「確かにサクラは王都の屋敷では大きな厩舎で生活してますが、普通の厩舎にも入ることは入りますよ。ただ動くと周りが壊れてしまうというだけです」
「い、いや! お待ち下さい! 壊されてしまうのは困ります!」
「あら? じゃあアナタがもっといい場所を用意してくださるのかしら。騎士団長様」
「そ、そうしたいのは山々ですが、厩舎よりも大きく、馬が入れる入口があるような建物は我が国には……」
サンダルフォンはアマンダの言葉遣いが気になるのか、彼女を上から下までジロジロと見ながらそう答えた。
およそ客人にすべき態度ではないな。さっき私を見てきた時もそうだが。
シェキナよりはマシかと思ったが、やはりマルクト神とやらの使徒は非常識人ばかりらしい。中々降臨できないのってこいつらがポンコツなせいなのでは。
「別に屋根がなくとも問題ありませんので、建物に限定しなくても大丈夫です。雨もたぶん降らないでしょうし」
もし降りそうになったら空をいい感じにしてやればたぶん大丈夫だ。やれる気がする。
「それでしたら、騎士団宿舎の近くに演習場がありますので、ひとまずはそちらに……。今は非常時ですから、演習場を使う予定もありませんので」
アマンダと『悪魔』はサンダルフォンの部下の騎士に演習場に案内されていった。
「……あの、ミセリア様。今の方はその、男性、ですよね?」
アマンダたちの姿が見えなくなった頃、サンダルフォンがそう尋ねてきた。
「確かに、身体はそうかもしれません。あれほど見事な逆三角形のシルエットは女性では中々難しいですし。
けれど、彼女の心は誰より美しい乙女ですよ。そこは間違えてはいけません」
「え、あ、ええ。なるほど、そういう……。
その、マルゴー領にはああいった感じの方は多いのですか? つまり、男性として生まれはしたが、女性として生きたい、というような」
どうだったかな。
少なくともマルゴーでは聞いたことがない気がする。
強いて言うなら私がそれに近いかもしれないが、私は家の都合でそうしているだけで、別に女性として生きていきたいわけではない。もっとも、私を最も美しく見せるのに相応しい姿は女性の格好だと理解しているので、特に不満もないが。
「どうでしょう。少なくとも私の知る限りではマルゴーにはいないと思います。あ、でも王都にはたくさんいらっしゃいますよ」
アマンダの仲間たちがやっている店にいる。
あれはたぶん、アマンダが結社で活動中に、同じ悩みを持つ仲間を大陸中から集めてきたのだと思う。彼女優しいし。
「イ、インテリオラ王都には大勢……なるほど……。では、その全ての方はあのような感じで……?」
「そうですね。皆さんとても素晴らしい筋肉をお持ちですよ。相当鍛錬なさったのでしょうね。実に美しいと思います」
「そうでしたか……。ああいった方は全員が筋骨たくましいと。……そういうことなら、あの件はやはり私の考えすぎか……」
サンダルフォンはどこかホッとしたような様子だ。
筋骨隆々の漢女が好きなのかな。
あとでアマンダに教えてあげよう。




