17-9
神聖騎士団団長のサンダルフォンさんです。
「──受けよ裁きの光を! 【ジャッジメントレイ】!」
白銀に輝く全身鎧を纏った青年が魔法を発動し、その手のひらから放たれた幾筋もの聖なる光が邪悪な竜人たちを撃ち貫いていく。
本来、魔物相手ならば触れただけで欠片も残さず消滅させる程の魔法だが、どういうわけだか竜や竜人たちには効きが悪く、急所を貫通させることで何とか倒せる程度に留まっていた。
「おお!」
「さすがは団長!」
「よし、団長に続け!」
青年──サンダルフォンが魔法を放った事で出来た敵陣の裂け目に、他の聖騎士たちが突撃していく。
聖騎士たちが持つ、巫女シェキナより祝福を受けた聖剣も竜人たちには効きが悪いのだが、聖なる力がなかったとしても鋭利な刃物であることに変わりはない。ましてや、聖剣として祝福されるほどには業物である。
それを鍛え抜かれた騎士たちが振るえば、その純粋な鉄の力は竜人たちの鎧や肉体を持ってしても抗しきれるものではない。
サンダルフォンはその様子を心配そうに見ながら、手を握りしめた。
「……やはり、魔法は効きが悪いな。竜人──古き神々の眷属か。厄介な……」
そう呟くと、腰の剣を抜き放ち、部下の団員たちを追って竜人の陣営に突撃していった。
◇
奈落の底から現れた竜人たちの猛攻は日増しに強まっている。
聖堂騎士団の活躍ですでにかなりの数の竜や竜人を屠っているのだが、一向に減る気配がない。
まるで地の底にもう一つ世界があり、その全人口が攻めてきているかのようだ。
この日の襲撃も何とか少ない犠牲で凌ぎ切る事が出来たのは幸運だった。
しかしもしここに巫女役のシェキナが残っていれば、その少ない犠牲すら出す必要はなかっただろう。
竜人たちを押し返したサンダルフォンは宿舎に帰り、団長室で装備や人員の損耗についての書類を作成していた。
損耗した戦力は補充しなければならない。しかし補充すると言ってもすぐに、無尽蔵に出来るわけではない。
どの部隊でどういう理由でどれだけ消耗したのか。
これらを明らかにして正式に申請書を提出しなければ、補給を得ることは出来ない。
聖シェキナ神国は物資も人員も自給するすべを持たない国だ。
申請書を出したところですぐに補充されるわけではないが、出さなければ永遠に補充されないので仕方がない。
普段であればさほど困る事もない補給だが、今は竜騎士を名乗るトカゲどもによって街道の封鎖をうけている。
書いてはみたものの、実際に補給がいつになるのかは見当もつかない。
「……シェキナめ。上手くやっているといいが」
サンダルフォンとともに国を守り、導くべき存在である巫女シェキナは今、ここにはいない。
2人が仕える神、マルクトと同格であるという別の神のところへ援軍の要請に行っているからだ。
竜騎士たちは強い。
地力の高さもあるが、それ以上に通常の魔法攻撃の効きが悪いというのが厄介だ。
さらに揃いの金属鎧も身に着けており、地肌の部分も硬い天然の皮に覆われているため防御力が高い。
精強で知られる聖堂騎士団でも、見習いの攻撃では剣でも魔法でも全く歯が立たないほどだ。
竜騎士たちに魔法が通じないメカニズムは不明だが、少なくとも炎系の魔法よりも通常の松明の方を嫌がっているのは間違いない。
この大陸に住む普通の人類にとっては魔法の炎も松明の炎もどちらも変わらないようにしか感じられないが、竜人や竜にとっては違うようだ。よくわからない。
初動の時点では敵がこれほどまでに厄介な相手だとは思っておらず、聖堂騎士団だけで十分対処可能だと判断して情報を他国に出したりはしていなかった。
聖シェキナ神国は諸外国に住む民たちからの信仰によって成り立っている国だが、その信仰を盾に必要以上に信徒から搾取する事は望んでいない。
神国が襲われた、と情報を流しただけで、気を利かせた周辺諸国が兵を送ってくる事もある。しかし、軍というのは動かすのに大変な資金が必要になるものだ。些細なことで援軍を寄越していては、周辺諸国に無用な負担を強いることになる。
もちろん危険な状況であれば助けを求めるのも当然だが、今回はその見極めが甘かった。敵集団の魔力量が少なかったため、シェキナやサンダルフォンが読み違えてしまった形だ。
では危険とわかった後ならば、と言いたいところだが、ここで竜騎士の特殊性が問題になってくる。
奴らには生半可な剣も魔法も通用しない。つまり、通常の軍隊ではダメージを与える手段を用意できない。
戦争においてはよく「数は力だ」と言われることがあるが、それはあくまで兵の力が多少なりとも有用である場合の話だ。敵にダメージを与えられないのなら、いくら数を集めても被害が増えるだけである。文字通り、肉の壁にしかならない。
善意で出兵してくれている信徒たちをそのように扱うことなど出来ようはずもない。
何故なら、女神に対する信仰心こそがマルクト神降臨のために必要な唯一のファクターだからだ。
例え人的、金銭的にどれほどの被害を被ったとしても、聖シェキナ神国が信仰心が翳るような行ないをするわけにはいかない。
そんな中、国境線が封鎖されてしまう前にと巫女シェキナが数名の共を連れて国外へ援軍を求める為に飛び出した。
通常の軍隊では歯が立たないのであれば、通常ではない者に助けを求めるしかない。
すなわち、すでに降臨していると見られる、女神ティファレトにだ。
ティファレトはマルゴーで降臨したと考えられるため、もしかしたらマルゴーの精鋭を少しは寄越してくれるかもしれない、という期待もある。
マルゴーの領軍は魔物を抑えるために動かすわけにはいかないだろうが、一部隊、二部隊くらいならば供出してくれる可能性もあった。
現領主のライオネル卿は娘をたいそう可愛がっているという噂もある事だし、分の悪い賭けではない。
「……その場合、まず国から出してもらえるかどうかが怪しいところだが」
その辺りはシェキナの手腕に任せるしかない。
「しかし、マルゴーか。あの家には確か、妙な習わしがあったな」
大陸に存在する全ての神殿は聖シェキナ神国の管理下にあるが、例外がひとつだけある。
それがインテリオラ王国マルゴー領にある神殿だ。
あそこだけは聖シェキナ神国の息は直接はかかっておらず、完全にマルゴー家の下部組織となっている。
一応情報は送られてきてはいるが、それにも全てマルゴー家の検閲が入っていた。
もちろんマルゴーにとって不都合な事実が伝えられる事はないが、だからこそ不都合な事実が発生したのかどうかだけは察することが出来る。
そういった取引の事情もあり、マルゴー家の習慣についてはサンダルフォンも知っていた。
曰く、本家に生まれた第三の男児は女として扱い、女としてその生涯を過ごさせること。
いかれた習わしだが、マルゴーという一族はそういう一族だ。
一族全てがいかれているからこそ、人の身でありながらあそこまでの力を練り上げることが出来たのだとも言える。
現在のマルゴー家には男児が2人、そして女児が2人。
ティファレト神だと目されているのは女児のうち、姉の方だ。
明言されてはいないが、これまでマルゴー家ではだいたいの世代で男児が2人、女児が1人生まれた時点で子作りを止めている。
過去には女児が2人存在した事もあるが、先の習わしから考えると、その女児の姉の方は実は兄であったと考えるのが妥当だ。
これについてはマルゴーの神殿からも何の情報も上がってこないため、確たる事は言えないが、そう考えるのが合理的である。
だとすると、シェキナが会いに行った相手というのももしかしたら、実は女装した三男である、のかもしれない。
「……しかし、ティファレト神が女性体であることは確かだ。そして不自然に制限された情報から、マルゴー家の長女が尋常ならざるスキルか力を有しているのもほぼ間違いない。ティファレト神がこの近くにすでに降臨されているという、マルクト神からの神託から考えると、何も間違っていないはずだ……」
サンダルフォン、お嬢史上最大の敵となるか──
(身バレ的な意味で




