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シェキナと2人きりの車内であるが、これはたまたま、両陣営で一番やんごとなき身分であるからそうなっているだけで、別に2人が仲良しだからというわけではない。
国も違えば文化や信条も違うので、会話のきっかけもない。ガタゴトと馬車が揺れる音だけが車内に響いている。
なんか、コミュ障同士でペアを作らされたみたいな感じだなこれ。
いやいや、確かにシェキナは自分の都合の良い事だけを聞こうとする、ある種コミュ障みたいな人間だが、私はコミュ障ではない。
何か話題とかあったかな、と考えて、そういえばこのシェキナは我が商会の顧客であったことを思い出した。
「──シェキナ様は確か、我がミセリア商会の商品を購入してくださっていましたね」
購入リストにあったのは魔導ネイルチップ、魔導パーマロッド、魔導日焼けランプだっただろうか。
見たところ使った形跡はないが、購入したということは使うつもりはあるのだろう。
「ああ、はい。購入させていただきました。未熟ゆえか、まだ真の力を発揮できてはいませんが、いずれは聖堂騎士団の正式装備にする事も検討しております。
そうでした、その件でも相談があったのです。あれらの商品なのですが、一括購入をする場合はいかほどの数が可能でしょうか。それとお恥ずかしながら、大口購入の際の割引などは……」
何を言っているんだこいつは。
正式装備だと。しかも騎士団の。
聖堂騎士団の全員が女性、という話は聞いたことがないから、男性にもあれを使わせる気だろうか。いや、別にそれ自体はいいのだが。
ええと、つまり、聖堂騎士団はいずれ黒ギャルとチャラ男の集団になるということだろうか。何それウケる。いやウケない。
「……もしかしたら別の商品と勘違いなさっているのでは。我が商会が販売しているのは美容用品ですよ。騎士団でそんなものが必要なのですか?」
いや、美しさを追及しようとする志の前では性別も年齢も職業も関係ない。それは間違いない。
ただ、なんというか、さすがにこの世界の一般的な感覚だと、そういう思想はまだちょっと早いのではという気がする。
そういったことを誰もが行なうためには、どうしたって人々の生活や社会に余裕というものが必要だ。
日々生きるのが精一杯の状況であれば、食べ物を得るための仕事に必要な要素以外はなかなか重視出来ない。
例えば騎士のような職業であれば、必要となるのは戦闘力だろう。
その正式装備と言ったら、普通は剣や盾や鎧などの武具になるはずだ。
「美容……? ああ、そういえばそのような偽装が施してありましたね」
「偽装……?」
何のことかしら。
もしかして、ミセリア商会の商品と間違えて全く別のバッタ物を掴まされてしまったのだろうか。
いやしかしタベルナリウス侯爵から送られてきた明細には確かにうちの商品の名前が並んでいた。
「特にあの、なんと申しましたでしょうか、光を放つ魔導具の……」
「……魔導日焼けランプ?」
「そう、それです。あれは素晴らしい。あれで生み出された光を調べてみましたが、あの暖かな光には太陽の輝きが含まれておりますよね。魔物の中には太陽光を忌避する者もおります。どうやら魔導具の力が制限されているようで魔物に効果があるほどの出力は出ていないようでしたが、それも魔導具を使いこなし、リミッターを解除することが出来れば──」
いや、そういう仕様にはしていないから多分無理だが。
魔導日焼けランプからは魔導の力により魔イナスイオ素とUVライトが出る。
UVとはウルトラバイオレットの略で、意味するところは紫を超えた光、つまり紫外線のことだ。
この概念をクロウに説明するのは大変だったが、最終的に太陽の光を疑似的に再現させるところまでは漕ぎ着ける事が出来た。
だから太陽の光と同じ光が出ているというのは開発者にとっては褒め言葉だ。後ろの馬車のクロウに言えば喜ぶだろう。
しかし、リミッターを外してどうのこうのというような機能はついていない。
例えば魔法使いを集め、魔石の代わりに彼らの魔力を流し込むことが出来れば一時的に出力を上げる事が出来るかもしれないが、その場合はセーフティが発動して自動で停止するようになっている。肌をこんがり焼くつもりが本当に火を付けてしまったら洒落にならない。製品の安全性には十分な注意を払っている。
「他にも、ええと、魔導ヒートロッドでしたか」
「魔導パーマロッドです」
もうその間違いの時点で何考えてるのかわかったから説明は結構です。
どうせあれだろう。魔導ネイルチップも防具か何かだと思っているのだろう。
まああれだけは、衝撃とかで剥がれてどこかに落としてしまったりとかしたら凹んでしまうので、ある程度までなら衝撃から指先をガードする機能も付いてはいるのだが。
◇
聖シェキナ神国は狭い。
大陸全体からみれば、まさしく猫の額のような国土しか持っていない。
これは聖地とその周辺しか所有権を主張していないせいである。
人が生活するためには当然のことながら衣食住の3つの要素が不可欠であり、これらを賄うには相応の土地を必要とする。
しかし聖シェキナ神国は、それら全ての要素を外部からの供給に頼っているのだった。
しかもそれらは貿易によって金銭と引き換えにしているというわけでもなく、女神教に対する供物として受け取っていた。
住居はさすがに聖地周辺の土地を利用しているが、国民も神官や聖騎士などの神殿関係者しかいないため、そう大した面積でもない。
衣類も食料も全て他から用意されるため、生産者を国に住まわせる必要がないためだ。
ここまで他人から搾取するシステムを太古の時代にはすでに構築していたとは、女神教の、いやシェキナの強かさには舌を巻くばかりだ。
前世でもそうだったが、神や仏などの強大な存在に縋りたいという人の根源的な感覚はかように大きなものであるという事だろう。
それと比べると魔物の意思などに目をつけていたゲブラーあたりは浅はかと言う他ない。天空の外科医が聞いて呆れる。
で、その狭い聖シェキナ神国であるが。
着いたはいいが、国境を越えていくらもいかないうちに馬車は停止を余儀なくされていた。
シェキナちゃんはいつ黒ギャルになるの?と期待されていた方、申し訳ありません。なりません。




