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「──とりあえずお話はわかりました。女神教単体では対処しきれないので、私の力を借りたいと。
私個人よりマルゴー全体の力を借りた方が現実的かと思うのですが、なぜ私の父に言わないのですか?」
「……マルゴー領と我ら女神教は、確かに協調路線をとっております。ですが、それはあくまで協調。このようなことをマルゴー令嬢のミセリア様に言うのも気が引けますが……。マルゴー領とは、この大陸で唯一、女神教にまつろわぬ勢力なのです。
それどころか、下手をすれば女神教のみならずミセリア様も含めたセフィラ全体とも違った全く別の神を信仰している恐れさえあるほど。
協調する分には構いませんが、聖地に招き入れるような危険な真似をするわけにはいかないのです」
よくわからない。
文脈からすると、セフィラというのが宇宙怪樹の果実の事だろう。
そしてマルゴー家はそれらの宇宙外来種を信仰していないから潜在敵だ、という事だろうか。
しかし私が王都で生活していられるのも、マルゴー辺境伯である父ライオネルが身元を保証してくれているからだ。
まあ今ならミセリア商会の会頭としてそれなりの身分はあるし、何ならタベルナリウス侯爵も身元くらい保証してくれるだろうが。
とはいえ、私が父やマルゴーを蔑ろにする事は有り得ない。
言い方から察するに、シェキナ的にはそういった家族や親子の情よりも、セフィラとしての本能的なサムシングの方が重要度が高いのだろう。
しかし残念ながら私にはセフィラ的な本能とか記憶のようなものはない。
そういえばゲブラーも降臨直後にすでに色々知っている様子だったな。
私にそうした記憶が全く無いのは少々不思議だが、無いものは仕方がない。
代わりに別の世界の一般的な記憶ならあるが。
ともかく、そんな私にとってはセフィラ全体の都合よりもマルゴーの方が大切だ。
むしろセフィラ勢力に関しては、汚染されて変質してしまっていたとはいえすでに一柱をこの手で滅ぼしてしまっている。そうでなくても心当たりもないし、急に仲間ですとか言われても困る。あれだ、真の仲間じゃない的なやつ。真の仲間じゃないならしょうがないな。
前世の記憶にしても、エピソード記憶の大半は思い出せないのでもはや愛着はない。
だから、つまり、私が言う「私」とは、前世の誰かさんでもセフィラのティファレトとかいう謎人物でもなく、ミセリア・マルゴーの事なのだ。
「──申し訳ありませんが、私はミセリア・マルゴーなのです。シェキナ様のご期待に沿えるような信条は持ち合わせておりません。
あと重ねて言いますが、山を吹き飛ばすような方々でも対処できない相手に対して私に何か出来る事があるとは思えません」
私がそう言うと、シェキナは跪いたまま少しだけ目を見開いた。
「……わかりました。しかし、ミセリア様がどうおっしゃられても、貴女様がセフィラの一柱である事は動かしようのない事実です。それだけはお忘れなきよう」
それはそうなのかもしれない。
私は頷き──かけてちょっと待てと首を振った。
百歩譲ってそこはもういいとしても、山を吹き飛ばす連中でも対処できない相手に対してどうのこうのという点がスルーされているのは見逃せない。
こいつやっぱり都合が良い事しか聞いてないな。
「ええと、さらに重ねて言いますけど山とか──」
「でしたら、ここからはマルゴー辺境伯も交えての会談にいたしましょう。ミセリア様がそうおっしゃるのであれば、保護者である辺境伯の許可も必要になるでしょうからね」
シェキナはそう言って立ち上がり、応接室を出て他の皆がいる部屋へ行ってしまった。
なんなのこの人。
◇
「──なるほど。お話は理解しました。しましたが……」
「だめです。許可できません」
父が敬語とかかなりのレアケースだな、とぼんやり思って聞いていたら、母から速攻でダメ出しをされた。ですよね。
「ミセルはか弱い少女なのですよ。それも、辺境とは言えれっきとした貴族の家に生まれた子女です。それを、未知の勢力に襲われているような危険な場所に送り込むだなんて。
……あ、あと生まれつき病弱で激しい運動とかは医者に止められておりますし」
思い出したように言うな。まあ私も忘れていたけど。
「……そうですね。妻の言う通りです。ミセル、ミセリアはご覧の通り、か弱い少女だ。
聖堂騎士団に混じって戦闘に参加するなど……出来ようはずもない」
父は一瞬、私の胸元に目をやって口ごもったが、そう言い切った。
私や家族であれば「あ、ボンジリを見たのかな」とわかるのだが、知らない人間にとってはどうだろうか。多分よくない誤解を招くと思う。
実際、巫女シェキナのお付きの方々は幾分か冷めた目で父を見ている、気がする。
「辺境伯ご夫妻のおっしゃりようはわかります。しかし、話は女神教の行く末を左右することです。ミセリア様にお助けいただけなければ、我ら女神教はここで命運を絶たれてしまうかもしれないのです。そうなれば、マルゴー領の神殿はもちろん、大陸全土に混乱が広がり、未曾有の戦乱が巻き起こってしまう可能性すらあります」
また話が噛み合ってない気がするな。主に巫女シェキナが自分の聞きたい話しか聞かないからだろうか。
私の両親は私の能力や安全に不安があるから遠回しに断りたいと言っており、巫女シェキナはそれらの問題には言及せずに、手を貸してもらえないと困るという自分たちの事情だけを話している。
噛み合ってないからいつまで経っても平行線だし、もしかしたらこれまでの女神教の交渉事も、そのうち相手が面倒くさくなって折れて終わるとかそういうまとめ方ばかりしてきたのかもしれない。
そう考えると無敵だなシェキナ。自分が圧倒的優位な状況以外では絶対に交渉したくない相手だ。
そのうちに巫女シェキナの取り巻きたちも会話に参加するようになり、議論は一層白熱していった。まあ白熱しているのは女神教側だけで、マルゴー側は何とか断ろうとするという温度差が目立つものではあったが。
ただ取り巻きたちはシェキナとは違いマルゴー側の主張も聞いてはいるようで、私の安全については聖堂騎士団を盾にしてでも確保すること、私を派遣しても状況が改善しなかったとしても構わないということなどを約束すると言っていた。
聖堂騎士団を盾にするとか勝手に約束して大丈夫なのかとちょっと思ったが、シェキナも頷いていたので大丈夫なのだろう。聖堂騎士団のブラック労働ぶりが心配になる。ていうか話聞いてるじゃないかシェキナ。
「……わかりました。そこまでおっしゃるのでしたら、やむを得ません……。
だが、ミセル。
お前を外国に遣るには、こちらからも相応の護衛を付けなければならん。そもそも、お前には常に護衛を連れ歩くよう言いつけてあったはずだが、その件はどうしたのだ。王都で1人だからと言って気を抜いているんじゃ──」
「あの、お父様。護衛でしたら、ちゃんといつも連れておりますが」
「どこにだ。例のヒヨコ、今はもうニワトリか? そいつしかおらんではないか」
「いえ、ボンジリは今でもヒヨコですし、お父様から頂いた護衛もちゃんといます」
私がそう言うと、胸元からデカいヒヨコが顔を出し、スカートの中から子猫と子犬が現れた。
「ぴ」
「なう」
「わん」
巫女シェキナの一団はボンジリのサイズには一瞬驚いた顔をしたものの、ネラとビアンカの愛らしさには顔をほころばせた。
しかし父は固まって動かない。
父はこの愛らしさがわからないのか。
「ほら。ちゃんといますでしょう」
「それは……あの時の犬と猫か? その、あれらの子供とかではなく?」
「そうですよ。あの時いただいたネラとビアンカです」
「──あれから1年半だぞ。何故まったく成長していないのだ……」
それはもちろん、大きくなりすぎるとスカートの中に入らないからだが。




