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「ミセリア様の疑問は尤もです。ご賢察の通り、これまで女神教はこのわたくし、シェキナを信仰対象としてまいりました。それと申しますのも、教団設立黎明期には蒙昧なる民草に圧倒的な力と存在感を示し、何よりもまず畏れとインパクトを与える事が必要だと考えられたからです。そのために、我が主マルクト神はわずかに得られた意思のエネルギーを全て注ぎ込み、2体の天使を創造されました。
それが、このわたくしシェキナと聖堂騎士団団長サンダルフォンです。
そして、わたくしが旗印となってマルクト神の御力を振るうことで人々の信仰を集め、女神教を作り出したのです。
わたくしが女神マルクトと同一視されてしまったのは計算外でしたが……否定する有力な材料もなく、そのままずるずると」
いや、ご賢察とか言われても。
聞きたかった事と違う。まあ確かにそれも気になったと言えば気になったが、それよりそのマルクト神とやらの正体の方が疑問だ。
だが、幸い賢い私は限られた情報からでも真実を見抜く事が出来る。
今のシェキナの話の中で、私もすでに知っているワードが出てきた。
それは「意思のエネルギー」だ。
今の所、このワードを使う者は宇宙怪樹の怪しい果実関係者しかいない。
であるならば、マルクト神とやらは果実のうちのひとつではないかと仮説を立てる事が出来る。
そしてそのエネルギーの一部を使ってシェキナとサンダルフォンを生み出したということは、彼女らは果実マルクトの眷属とかそういうニュアンスの何かしらであるのではないかと推測出来る。
眷属というと子供のようなものだろうし、その子供を捕まえて「なんかこっちが知ってる前提で話してるけど、お前の親なんて知らんしお前が思ってるほどお前の親有名人じゃないぞ」とか言うのもちょっと酷な気がする。
しかし当時は苦し紛れで仕方がなかったのかもしれないが、初動のせいで子供であるシェキナの方が有名になってしまっているな。
女神という地位さえ子供に奪われてしまっている有様だ。
なんか子役の親とか小学生ユーチューバーの親とかみたいだな。
あとこの話し方だとシェキナという名前は襲名制ではなく、ずっと同一の人物が務めてきたかのように聞こえる。本当は歳いくつなんだこの女。
ともかく、まとめるとこういうことだろうか。
本来シェキナとしては自らの主神であるマルクトを信仰させたかった。
しかし教団設立当初はマルクトの力が足りず、本人が力を示す事が出来なかった。
なので仕方なくシェキナが代役を務め、そのまま信仰対象となった。
天使なんか作ってないで最初からその力で自分でやればいいのでは、と思わなくもない。
しかしシェキナは当然のように「力が足りないから天使を作った」とか言っているので、もしかしたら必要エネルギーは「未熟状態マルクトの降臨>天使2体の創造」であるのかもしれない。
同じく果実のひとつであるゲブラーの降臨を思い出す。
あれが瘴気を集めて行われたものであるならば、そこに蓄積された魔物たちの意思のエネルギーは数百年、下手をしたら数千年分の蓄積があったはずだ。
それを踏まえると、どのくらい昔の話か知らないが、教団設立前のマルクトが大してエネルギーを蓄えていなかった事自体は理解できる。
じゃあ天使創造の必要エネルギーってそれ以下で、しかも2体分賄えるのか。
思った以上に微妙だな。天使ざっこ。やはり時代は女神だな。
とりあえず、優しい私はマルクト神とやらを知っている前提で話を合わせてやることにした。
歳についても言及はしない。女性の年齢を詮索しても良い事などないからだ。
「……そうでしたか。
そのお話からすると、シェキナ様とそのサンダルフォン様のお二人であれば神話の如きお力を発揮できるという事になるのでは?
敢えて私の力が必要だとは思えないのですが」
女神教の神話は私も教養の一環で耳にしたことがある。
曰く、女神シェキナの杖の一振りは光の洪水をもたらし、山さえも破壊したという。
そして破壊され更地になった場所こそが現在の聖地であり、女神シェキナの偉業を称えるとともにその強大な力を忘れることのないよう、大聖堂を建立し、女神教が生まれたのだとか。
この話を聞いたときはなんでいきなり山なんて破壊したのか不思議に思ったものだったが、ともかくそんなシェキナと同じ働きをか弱い貴族令嬢である私に求められても困る。
「いえ、今の私もサンダルフォンも、確かに教団設立当初よりは力を蓄えております。マルクト神が未だに降臨されないのも、おそらく信仰の力がわたくしとサンダルフォンにそれぞれ流れてしまっているからでしょう。
ですが、分割されたわたくしとサンダルフォンの力では、とても竜騎士たちの集団に対抗することなど……」
やっぱり最初にシェキナとサンダルフォンを生み出したりさえしなければ今頃マルクト降臨出来ていたのでは。
いや、それも信仰の力があればこそ、ということであるなら、シェキナとサンダルフォンがいなかったらいずれにしても降臨に必要なエネルギーは足りていなかったのかもしれない。
なんだろう、つまり宇宙怪樹がこの星に寄生した後、種子たちは各々が好き勝手に様々な手段で意思のエネルギーを集めようとバラバラに動き出し、その中で例えばゲブラーは魔物たちの意思に着目し、マルクトはこの大陸の人間たちの信仰心に活路を見出した、ということだろうか。
そして結果的に、魔物たちの意思が最も効率が良かったためゲブラーは早めに降臨できた。
しかし瘴気という形で汚染されてしまっていたため、混じり合って別物になってしまったと。
あれ。じゃあ私は一体何なんだ。
ゲブラーとの会話から、私の力もおそらく果実のひとつだと思われる、のだが、この大陸の人間たちは基本的に女神教を信仰しているため、その意思のエネルギーは基本的にマルクト派閥に集約されているはず。
私が生まれた場所の周辺で、女神教を信仰しておらず、大陸中の人間に匹敵するほどの意思の力を開闢以来ずっと何かに、それも宇宙怪樹に全く関係ない何者かに向け続けてきたような、そんな異常な集団なんていただろうか。
心当たりがまったくないな。
まだ存在が示唆されただけですが、女神(♀)は初登場ですね。ちょっと何言ってるのか自分でもわかりませんが。




