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侯爵からタベルナリウス商会を通じて明細書が届いた。
我が社の製品の売上の一部が記載されたものだ。
普段であれば月末にまとめて届くものなのだが、この日に一部だけ抜き出されて届けられたのには理由があった。
それは巫女シェキナが購入したもの一覧だった。
巫女シェキナのお忍びとやらは侯爵の方でも把握していたらしい。
マルゴーと聖シェキナ神国との密約めいた同盟については知らないはずだが、大陸でも有数の重要人物が我が社の製品に興味を示しているという事実は侯爵にとっても無視できないことであるようだ。
「魔導日焼けランプに……魔導パーマロッド……魔導ネイルチップ……。黒ギャルにでもなる気なんですかね」
私やグレーテルは持って生まれたその美貌で戦っているが、美しさというものは必ずしも才能だけに限った話ではない。
仮ザベスが証明したように、衣類や化粧、シチュエーションなどあらゆるものの奇跡的なバランスの上に成り立つ美も存在するし、他にもアマンダの肉体美だって努力によって獲得する事も出来るだろう。
黒ギャル、そしてその発展型であるヤマンバギャルは確かに特異で奇抜な一面があったが、流行していた当時はそれも最先端の美の形ではあったし、今見ても彼女たちが努力と切磋琢磨を怠らなかったであろう事は疑いようがない。
あれはあれでひとつの極地であったと思う。
まあ、世の中にはTPOというものがあるので、女神教の信仰の象徴たる巫女シェキナがヤマンバメイクをしても大丈夫なのかどうかは議論が分かれるところであろうが。
「何にしても、どうやら私の会社の製品を沢山購入してくださっているようですね。ありがたいことです。神殿には足を向けて寝られませんね」
◇
それで終われば、父が聖シェキナ神国に支払っているだろう裏金を多少回収したというだけの話で終われたのだろうが、そうは問屋が卸さなかった。まあ我が社はタベルナリウス商会に直接品物を卸しているので問屋は通していないのだけど。
巫女シェキナを名乗る一団がお忍びで我がマルゴー邸にやってきたのだ。
何かと忍ぶのが好きな巫女様である。
お忍び入国でも一部の人間にはバレバレであったのと同様、マルゴー邸来訪も王都の様々な諜報機関にバレバレなんだろうなと考えるとちょっと憂鬱な気分にならないでもない。
防諜なら『死神』に任せておけば安心ではあるのだが、彼の防諜の方針とは基本的に「見た、聞いた奴の口を封じて無かったことにする」というものなので、ただ探っているだけの善良な諜報機関相手には使えない。それが敵に回れば話は別だが。
そんな有名人がうちに来たのも頭が痛いが、しかも巫女は対応した父に「ミセリア様にお会いしたい」と申し出たらしい。
さらにその上「余人を交えずお話したい」とも。
これを私に伝えに来た父の「お前今度は何したんだ」みたいな表情がつらい。
美しさを司る神に誓ってもいいが、今回はまだ何もしてません。
「お初にお目にかかります。ミセリア・マルゴーです。巫女シェキナ様」
応接室には私と巫女シェキナの2人だけだ。
両親やディー、巫女のお付きの方々は別室で談話している。
そっちはそっちで何を話しているのか気になるので、後でディーにでも聞こうと思う。
私が挨拶をすると、巫女シェキナは潤んだ瞳で私を見た後、突然跪いて頭を垂れた。
「──突然の訪問、失礼いたします、ミセリア様。わたくしはシェキナと申します。
どうか、我が聖シェキナ神国にそのお力をお貸しいただけませんでしょうか」
出会って1秒で跪くとかどういうことなの。
と一瞬思ったが、どういう訳だか何となく、この女が私の前に跪くのがひどく自然な事であるかのように思えた。
「……貴女は何者なのでしょうか、シェキナ様」
するとシェキナはわずかに顔を上げ、上目使いで私を見ながら口を開く。あざとい。
「私は──天使です」
ほう。
言うじゃないかこいつ。
確かに言うだけのことはある容姿をしているが、この私の前でそんな大層な口を利くとは。
「──なるほど。ちなみに私は女神ですけど」
つい対抗して張り合ってしまった。
「存じております。だからこそ、お力を貸していただけないかとこちらに参りました」
すんなり肯定されてしまった。
そうしてから、自分で自分の事を女神などと言ってしまった事が急に恥ずかしく思えてきた。
いかんいかん。もっと謙虚に生きねば。
「あの、今のは言葉の綾と言いますか……」
「実は今、我が聖シェキナ神国は外敵からの侵略に曝されております──」
あ、こいつあれだな。
たまにいる、こっちの話は聞かないで自分が話したいことだけ話す系のやつだな。
これが一般人であれば無視して部屋から出ていく所なのだが、いかんせん相手は一国の国家元首である。
仕方なく、話を聞いてやる。
それによれば、聖シェキナ神国は現在、竜騎士団を名乗る軍事勢力に圧力をかけられているらしい。
竜騎士団が聖シェキナ神国を襲う理由というか大義名分は、聖シェキナ神国の大聖堂がある聖地というのが彼ら竜騎士団にとっても非常に重要な場所であるらしく、その聖地を侵略者に奪われたままにしておくわけにはいかないから、だそうだ。
ひとつの場所が複数の宗教勢力の聖地になっているとかよく聞く話である。
つまり宗教がらみの縄張り争いか、と思ったところで、その竜騎士団って何なんだと気になった。
学校の授業でも実家の家庭教師からも聞いたことがない。
「すみません、その竜騎士団ってどこのどなたなのでしょうか。寡聞にして存じませんし、そもそもこの大陸において聖シェキナ神国に武力侵攻するような国や勢力など存在しないと思うのですが……」
「はい。ミセリア様のおっしゃる通りです。
竜騎士団とは、地の底から現れた、自らを竜人と称する人ではない勢力です。当然、大陸の一般的常識も通じませんし、言葉も通じません」
言葉が通じないならなんで敵が聖地奪還を嘯いているのかわかったのだろう。
「また、彼奴らの鱗には我々の魔法やスキルが通じにくいという特性があるようで、我が国の聖堂騎士団でも防衛が精一杯の状態なのです。
マルクト神が未だ降臨あそばされない今、私たちが頼れるのはミセリア様だけ……。
どうかお助けいただけないでしょうか」
誰だよマルクト神。
つまり私はそいつの代役ということだろうか。
ていうか女神シェキナさんはどこにいったのか。もしやこれまでは自分のことを女神だと称していたのか。
そして私と直に相対したことで身の程を知り、天使に格下げしたと。
なるほど、わからないでもない。




