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何か得体の知れないものでも見るような目で私を見ているタベルナリウス侯爵を急かし、関係者以外立入禁止の扉を開かせる。
侯爵にとって私は娘の数少ない友人であり、そしてこれから後見する新人実業家だ。
何も怖い事などない。
しかし先ほどの職員たちとは違い、侯爵は私を見据えても【魅了】されることはなかった。
まあ混乱はしているようだが、これも別に私のスキルの影響ではない。
ギーメルを消し去った頃だろうか。
私は私の持つ力について、幾分かの確信を持って扱えるようになっている事に気付いた。
これは端的に言えば、世界を事実上支配している魔素を生み出すシステムに直接アクセス出来る力である。管理者権限に近いものだ。
その権限にもいくつかの階級というか席次があって、全部で10ある席のうち、今の私はひとりで2席を保有している。そのうちひとつは先日いただいた巨ケンタの席である。
元々の私の席次はそう階級の高いものでもなかったようだが、かと言って低くもなく、それでいて他の殆どの役員にコネがあるというか、まあ偉くはないけど顔が広いみたいなそんな感じであった。
加えて今は票で言えば2票持ってる状態なので、かなり権力がある。
具体的に言うと議長の決議に異議を唱えられるくらいである。議長とか会ったこともないし元々従ってもいなかったが。
意識して様々なスキルや魔法を使えるのもそうだが、狙った効果を確定的に齎せるのはこの権力のお陰だ。
例を出すなら、本来確率で成否が決まる【魅了】などのスキルを狙って成功させられたりもする。
つまり今の私はその気になれば、この容姿の美しさに全く関係なく、他者を【魅了】し従える事が出来る。
しかし当然ながら、そうした行為は美しくない。
そのような私のイデオロギーに反する行為をするのは大変な苦痛を伴う。
この席やら権力やらというのはどうも私の魂と紐付いているらしく、魂を揺るがす苦痛を伴う行為のために使用した場合は、その苦痛が比喩ではなく実際に襲ってくる。元よりするつもりもないが。
なので大前提として、【魅了】だけは私の美貌をしっかりと認識させてからかける必要があった。
その気になれば、と表現したが、実際はその気になる事は有り得ないし、万が一その気になってもやすやすとは使えない。
そして確定で【魅了】を成功させられるのに侯爵が【魅了】されないのは、私がそれを望んでいないからだ。
望んで成功させられるということは望んで失敗させられるという事でもある。
発動自体も止められるのだが、まあ大体は勝手に発動するので面倒くさくて止めてない。
【魅了】状態になってほしくない人だけ選んで除外する方が楽なのだ。説明はしづらい感覚なのだが。
あと実はこれに指定すると、私を含めた何者かからのあらゆる精神干渉に対して絶対的な耐性を得てしまうという副作用もあるが、まあ誤差だ。
どうせ私以外からの精神干渉など、いかに準備万端整えたとしても100%成功になる事はなく、最終的に成功するかどうかは運である。なら確定で失敗してもわかりはしない。私が確定で成功するのと変わらない。
侯爵が扉を開くと、中には侯爵と同じくらいの横幅を持つ、同じくらい偉そうな人物がいた。
部屋の雰囲気は父の執務室に似ている。
私は父以外の執務室を知らないが、私の父がよほど奇抜な人間でもない限り、ここがこの人物の執務室なのだろう。
いや、この人物が奇抜な人間という可能性もあるな。
一般的な執務室を模した部屋で人に言えないような行為に耽るのがたまらなく好きだとか、そういう嗜好を持っていた場合、ここが執務室を模した遊戯場である可能性もある。どんな時でも可能性は無限大だ。
その人物は重厚な机に向かい何やら書き物をしていたが、誰かが入ってきたのを知るとちらりと顔を上げ、タベルナリウス侯爵の姿を認めると小さく鼻を鳴らしてまた書き物に戻り、その後バッと再び顔を上げて私と目が合った。
外の職員と同じ反応だ。つまり商人ギルドでの基本の作法ということだろう。ずいぶん風変わりな作法である。
私は優しいし他人の文化や作法についても理解がある方だと自負しているが、これをちょっと心の狭い貴族相手にやろうものなら今頃この人物は殴り飛ばされているのではあるまいか。
心の狭い貴族で思い出したけど仮ザベス元気でやってるかな。性癖はともかく性格は絶望的に接客業に向いてないと思うのだが、無礼な客を殴り飛ばしたりしていないだろうか。
「な、何を考えている! タベルナリウス卿! ここに部外者を入れるなど!」
部外者って私のことかな。
「私のことならお気になさらず。関係者の中の関係者ですから」
「訳のわからんことを! 待てよ、顔は知らなんだが、その容姿、噂の辺境の小娘か……!」
顔は知らないがこれほど美しい人間が他にいるとは思えないからきっとマルゴー辺境伯令嬢に違いない、という意味かな。褒めてるのかけなされてるのかわからないなこれ。
まあちょっと特殊な礼儀作法を持つ商人ギルドの偉そうな人物だし、これもきっと彼なりに私を褒め称えているのだろう。
そう考えれば腹も立たない。外の有象無象と同じである。可愛いものだ。
「お褒めいただきありがとうございます。ミセリア・マルゴーと申します。どうぞ、以降よろしくお願いします」
私はスカートを摘み、膝を曲げて礼をする。
主人である私に倣い、付いてきたディーも頭を下げた。
「……なんだ? 話が通じんのか?
くそ、タベルナリウス卿! ここに部外者を連れ込んだ責は重いぞ!」
「そんな話は後だ! それより、貴卿に聞きたいことがある。
──私が欠席していたギルド会議で何かを決議しただろう。新しいギルド憲章を見せろ」




