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そんなわけで、私はディーとタベルナリウス侯爵、そして侯爵の従者と護衛を引き連れて職人ギルドへとやってきたのだ。
「──認められません」
ギルド員登録の担当者からはそんなそっけない返事が返ってきた。
これに驚いて目を剥いたのはディーだ。
私は私自身のこととマルゴー家についてはよく知っているので、仮に私が職人ギルドの担当者だったら断るかもと思っていたので、特に驚きはない。
タベルナリウス侯爵は先日「領地貴族では入会できない」と言っていた。また「個人であれば入会は可能だろう」とも。
その理由として、職人ギルドや商人ギルドは王都での生産活動、経済活動に限って権利が認められている団体だから、という事だった。
国内で最大の経済規模を誇る王都といえども、他の領地との交易なしでは成り立たない。王都の食料自給率は高いと発表されており、実際に王都近郊に農地や牧場もありそれによって賄っているが、そうした産業に必要な肥料や飼い葉などは確か近くの領地から仕入れていたはずだ。
王都の近くは一部を除いて魔物が少ないため、流通もそれなりに盛んである。というか、そういう立地だからこそ王都になっているのだろうが。
そんなところに、上質な魔物素材を引っ提げた地方の資本が殴り込みでもかけてきたら、脆弱な商会や職人は生き残る事など出来ない。
そんな外部勢力と国家上層部の板挟みにあっていた商人、職人たちが一致団結して、長い年月をかけて作り上げてきたのがこれらのギルドなのだ。
いくら個人名義だからといって、領地貴族の直系の人間がすんなり登録できる方がおかしい。
そもそも、私の王都での立場を保証しているのは後見である父だ。
冷静に考えたら、そりゃダメですよね。
しかもマルゴーと言えば国内有数の上質な魔石と魔物素材の供給元である。
私は詳しくないのだが、たぶんギルドの中にマルゴーからの仕入れに関わる専属の商人や職人もいるのだろうし、私が下手に王都で活動をするとその商人なり職人なりの権益を侵す事になる。
というか、事実売ろうとしているクロウの魔導具に使われているのはマルゴーの素材なので全く言い訳できない。
一方でタベルナリウス侯爵は最初に断られるのは想定内であったらしく、冷静に対応していた。
個人名義ならば問題ないという条文でもあるのか知らないが、それを前面に押し出して主張している。
私個人の職人、あるいは商人としての立場は王都に籍を置く侯爵自身が保証すると強調し、さらに現在王都で流通しているマルゴー産の素材についての取引には影響しないようにする、と説明していた。
それはいいのだが、流通量が変わらないままミセリア印のマルゴー系魔導具の分だけ増えてしまうと、相対的に相場が下がってしまうのでは。
まあ作るのは魔導具としか言っていないし、侯爵も敢えて言うつもりはなさそうだし、それでウチが困る事もたぶんないので別にいいだろう。
「──申し訳ありません、タベルナリウス侯爵閣下。実はギルドの規約が一部変更されまして、職人ギルドに登録するためには職人ギルドの構成員による後見が必要になったのです」
つまり、商人ギルドのタベルナリウス侯爵の保証ではダメですよ、ということだ。
元々は反発していたものの、これまでは協力して助け合ってきた商人ギルドと職人ギルドだが、これからは独自路線を歩むということだろうか。
まあ独自路線かどうかは置いておいて、構成員の新登録の身元保証人に別の組織の息がかかった者がなるというのは健全な状態とはとても言えないので、それ自体は別に問題ないだろう。
今度はタベルナリウス侯爵も目を剥いて驚いている。これ初耳だったって顔だな。
商人ギルドでもそれなりの地位にいる侯爵が職人ギルドの動向に注目していないはずがないので、その侯爵が知らない時点でこの改訂が行なわれたタイミングがいつなのかある程度絞り込める。
おそらく、先だっての裁判騒ぎの時だろう。
タイミングはそれでいいとしても、急に組織の引き締めを始めた理由は少し気になるところだ。
これまで問題なかったものを今になって急に変更するというのは、何かそれなりに大きな理由が必要なはずだ。
何だったか、正常性バイアスだったか。
とかく人間というのは、普段と違う事をしたがらない生き物だ。これまで問題がなかったのなら、その仕組みは出来る限り変えたくはないと考える傾向が強い。
しかも職人ギルドは歴史ある組織であり、決断をするためには非常に多くの人間の意思決定が必要になる。
それだけ多くの人間が、感情を押しのけてでも変化しなければならないと決意したのなら、そこには変わることによる相応の利益か、あるいは変わらない事による明確な不利益のどちらかがあったはずだ。
考え込む私をよそに、タベルナリウス侯爵は少し慌てた様子で職人ギルドの担当者に辞去の挨拶をしていた。
私も一応礼をし、最後ににっこり笑って担当者を虜にしてから職人ギルドを後にした。
ディーは最後まで苛ついた様子だったが、一部の職員は長身のディーに冷たく睨まれる方が好きなのか、私ではなくディーを見て顔を紅潮させていたようだった。
なんか最近そういう奴多い気がするな。
そういえば昨日ハロウィンだったんですね。
お父様「菓子をよこせ」
お母様「さもなければ、男の娘にしてやりますよ」
ルーサー「待ってくれ。何故それを僕のアパートの前で言うんだ。ていうかいつ王都に来たんだよ。聞いてないぞ。ユージーンたちはどうしたの?」
お父様「奴らは菓子をくれた」
ルーサー「そうじゃなくて」




