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「──というわけで、まずはミセリア嬢に個人名義で職人ギルドに登録してもらわねばならん。これらのギルドは王都でのみの話だから、領地貴族であるマルゴー家は登録する事は出来んが、個人名義なら確か問題なかったはずだ」
私は屋敷にタベルナリウス侯爵を呼び、打ち合わせをしていた。
ギルドの話はそこで彼に聞かされたわけだ。
結構重要な話なので、これ学園の授業でやればいいのにと思ったのだが、どう説明してもギルドに悪感情が集まるのは避けられないからか、商人ギルドからの圧力で止められているらしい。
「問題は、仮に個人名義で登録できたとしても、マルゴー家が商人ギルドによく思われていない事に変わりはないという事だ。ギルドできちんと審査され、適正な価格を付けてもらえるとは限らん」
「不当に安い金額を付けられてしまったりとかするかもしれない、ということですね……」
元手が回収できないのは困る。
何しろこの事業には私のお小遣いの全てを投入しているのだ。借金もしている。
まあ個人で借りていると言っても私はまだ未成年だし、私の後ろにはマルゴー家がいるのは変えようのない事実なので、タベルナリウス侯爵としては貸し倒れのリスクなどは心配していないだろうが。
「いや、それならばまだましだ。見たところ商品の品質はいいようだし、安ければ売れるからな。売ってさえしまえば、いずれはミセリア嬢の魔導具なしでは満足できなくなる消費者も出てくるだろう。そうなればこっちのものだ。もう商品を作らないと脅せば、商人ギルドにだってある程度の要求を飲ませる事も出来る。それまでの損は投資のうちだと考えるべきだ。
まずいのは不当に高い金額を付けられた場合だな。誰も買ってくれなければ何も状況は改善しない。高い値を付ける分には、それだけ評価しているのだとか何とかギルド側もいくらでも言い訳が出来るだろうし、嫌がらせをするつもりならギルドはそちらの手を選ぶはずだ」
なるほど確かに。
売値を誰かに勝手に付けられるというのは非常に困る。
前世でよく見た、買い占めからの転売での値段釣り上げの構図を思い出した。
こちらは買い占め転売と違って値段が釣り上げられても間に入るギルドが中抜きする金額はパーセンテージで決まっているらしいので多少はマシだが、本来の価値に見合わない値段というのはどんな場合でも害にしかならない。
「ところで、商人ギルドの値付けがなければ物が売れない、というのはどういう状況なのでしょう。品物を渡して対価を受け取るだけならば、基本的にやろうと思えば誰でも出来ると思うのですが」
「簡単に言うと、課税の問題だな。王都において、商人ギルドを通さず取引をする商品には国から高い税がかかる事になっている。ギルドを通して高い金額を設定されるよりは安いかもしれないが、税金で高くなる分はこちらにはまったく入ってこないからな。その状況で事業として採算を取っていくのは無理だろう。
それと品物を渡して対価を受け取るだけというが、小口のちょっとしたやり取りならばともかく、大々的にやったら脱税だ。気を付けたまえ」
「あ、はい」
「言っておくが、現状の法律を改正するのはまず無理だぞ。私のところのジャンもそうだったが、国政に携わる者の中にもギルドの息がかかった者は大勢いるからな」
「そうなのですか。
どちらにしても、流石に法改正をしてやろうとまでは考えていませんが」
「いや、不満そうな表情をしていたのでな。それから、これはアドバイスというより懇願なのだが、軍事力で何とかしようとするのだけはやめてくれ」
「私がそんな事をしそうな人間に見えるのですか?」
心外だ。
「実際にするとは思っておらん。しかし実際にはせずとも、軍事力を背景に圧力をかける事くらいいくらでも出来よう」
何を言っているのだろう。
か弱い令嬢にそんな事が出来るはずがないだろうに。
それに、マルゴー家が国内でそんな事をすればあっという間に内戦になってしまう。
特に今は、私の父に自由な時間が出来ていることからも分かる通り、マルゴー家の持つ軍事力と魔物の領域が持つ潜在的脅威度とのバランスが崩れつつある状態だ。
余った力の矛先が国内勢力に向くかも知れない、と考える者も出てくるだろうし、いらぬ懸念は与えたくない。仮に私がワガママを言って父に泣きついたとしても、父は決してそのような短絡的な行動は起こすまい。
「そのようなことはしませんし出来ません。父にしても本音を言えば、マルゴーの軍はしばらくはあの地から一兵たりとも動かしたくはなかったくらいでしょう」
「……待て。その言い方だと、少数はすでに動かしているように聞こえるのだが」
「元は私の身辺警護という名目だったと思いますが、2個小隊が常に王都に駐留していますよ。先だっての防衛戦争の際に駆り出されましたが、もう用が済んだのでこちらに戻ってきています。あまり周りを警戒させたくないので行商とか巡礼とかの格好をさせて移動させていますが」
「……あの噂の精鋭部隊か。何の報告もなかったが、王都に戻ってきていたのか。そういうところだぞ、マルゴーめ……」
噂ってなんだろう。
メリディエスの国王に剣を突きつけたとかいう与太話のことかな。
それをやったとか吹聴していたのは伯母様なので、うちは直接関係ないです。




