2-11
今日はもう特に用事はないのでこのまま帰ってしまってもいいのだが、それも少々もったいなく思える。
これまでは私の姿をあまり衆目に晒さないよう外出を控えていたが、私自身のお披露目はこの式典で終わったと言える。であれば、多少は出歩いても問題ないはずだ。
「──ちょっと、聞いていますの? このわたくしが声をかけていますのよ!」
しかし今の服装は母から送られてきた気合の入ったドレスである。
この恰好で街を練り歩くのはさすがに憚られる。
「──馬鹿にするのも大概になさい! 田舎の伯爵家風情が、身の程を知りなさい!」
ここでようやく私は呼びかけが自分に対するものだと気付いた。
声の主は最初は単に娘としか呼んでいなかったが、この教室には娘と呼べる令嬢はたくさんいたので気が付かなかったのだ。しかも厳密に言えば私は娘ではないのでその中には入っていない。
田舎と言えば王都から遠いという意味だろうが、王国の端に封ぜられている伯爵家はいくつかあるものの、確か新入生の中にはそれらの子女は居なかったはずだ。
となると、田舎の伯爵家の出身で令嬢に見えるのは今代ではおそらく私しかいない。
ちなみにそれらの伯爵家の中で辺境伯という特別な地位を仰せつかっているのは北の魔境に面したうちだけである。
振り向くとそこには見事な金髪をいくつものロールに巻き、目も眩むような豪華なドレスを身に纏った令嬢が取り巻きを従えて立っていた。
その顔、というよりもあまりに特徴的すぎるシルエットには見覚えがある。
彼女は確か、医務室から私が戻ってきた時にゲルハルトとダンスを踊っていた令嬢だ。あの時と同じ鋭い目つきで私を睨んでいる。
その姿を見て改めて思う。
やはり容姿というのは重要な才能のひとつなのだと。
このような形相であっても、美しい者が行なえばひとつの完成された芸術になる。
私がやればおそらくもっと素晴らしい芸術品になるのだろうが、私はあまり怒ったりしないので難しい。
手鏡で自分の顔を見ながら試してみようと思いたったが、手荷物はすべてディーに預けているのを思い出して諦めた。
「貴女の家、マルゴーとかいうどこぞの田舎で辺境伯なんていう過分な身分を戴いているそうですわね」
縦ロールが鼻をつんと上げて言い放つ。
過分。果たしてそうだろうか。
マルゴーの領軍は精強だし、規模も大きい。そして彼らの忠誠は王家ではなく我がマルゴー家にある、らしい。
王家の目が届かないほど遠い地でそれだけの軍事力を保有している勢力に、一定の地位を与えて懐柔しておくのは極めて合理的な判断だと思えるのだが。
「北の辺境と言えば、かつては魔物だの何だのから国を守る要衝として持て囃されていたらしいですけれど、今の時代に魔物だなんて、バカバカしいと思わなくて?
王都の近くにもたまにはぐれた魔物が出たなんて話も耳にしますが、騎士団どころか衛兵でさえ対処可能な程度らしいではありませんか。
そんなものと戦うために高い地位と優遇措置を与えられている恥知らずの貴族、それが貴女のおうちなのですわ」
最近似たような話を聞いた気がする。
辺境の税の優遇措置などをやめるよう声高に主張している商業系の貴族がいるとか何とか。
「税を優遇してもらっている田舎貴族と、逆にたくさんの税を納めている王都の貴族、どちらが王国のためになっているかなんて、考えなくてもわかるでしょう」
この口ぶりからすると、彼女の実家がその王都の貴族なのだろう。いわゆる高額納税者というやつだ。それは偉いと素直に思う。
国民に安心と安全を提供するのが国家の義務であり、税金とはその執行に必要な資金源であり、これを納めるのは国民の義務である。
マルゴー家がその一部を免除されているのは、国家に代わり国民の安心と安全のために北の脅威を一手に引き受けているからであって、その事について別に責められる謂れなどない。
彼女の主張に答えるならば、どちらも等しく国のためになっていると言える。
もちろん、どちらの家も自分の領土領民を守るため、また自分の資産を増やすためという主目的があり、国のためになっているのは結果でしかないのだろうが。
それと、別に私はどちらの家が国のためになっているのか競争なんかを始めた覚えはない。
いつの間にか始まって、いつの間にか私が判定負けしていたらしい。縦ロールの中では。
ちょっと、なんというか、不思議ちゃんなのかもしれない。
「そんな恥知らずな貴女のような田舎者が殿下を誘惑するだなんて……しかも、妹君のマルグレーテ殿下にまで取り入って。浅ましいったらありませんわ」
そして縦ロールは敵意の籠った目で私を睨んできた。
結局そこへ行きつくようだ。ゲルハルトがダンスを中断して私を気にかけたのが気に入らないらしい。
誘惑をした覚えはないし、ゲルハルトが私を気にかけているのはそういう浮ついた気持ちからではなくマルゴーに対する警戒心からだろうが、彼女がそう勘違いしまうほど私が美しいのは間違いようのない事実である。
つまり、これはやはり私の美しさが犯した罪なのだと言える。
「それは、申し訳ありませんでした」
なので素直に謝った。
「……あら、殊勝な態度ですわね」
縦ロールの少女は少し拍子抜けしたように言う。
もしかして、私が罪を犯しても謝りもしないような人間に見えていたのだろうか。心外である。
「まあ、ご自分の身の丈が理解出来ているのは良い事ですわ」
もちろん、自分の身の丈は十分承知している。
こと美しさにおいて言えば、天高く雲を飛び越え宇宙にまで到達せんばかりの高い高い丈がある事は。
「はい。本当に申し訳ありませんでした。私が隔絶して美しいばかりに、普通に美しい皆様に不快な思いをさせてしまったようです」
「……は?」
縦ロールだけでなく取り巻きの少女たちもぽかんとしている。
その表情も可愛らしい。
そう、私は宇宙レベル、いや謙虚に言っても世界レベルで美しいわけだが、彼女らも国家レベルで十分に美しいのだ。
私さえいなければ、彼女らもこの学園でその美貌をひけらかす事が出来たはずなのである。
私は自分の美貌をひけらかす気などないが──その気がなくても隠しきれない美しさが勝手にそうしてしまうのである。何という悲劇であろうか──この言い様からして、彼女たちはその美貌で王子と仲良くなりたかったようだ。
であれば、例えその気がなかったとしても、結果的にそれを妨害してしまったのは私の美しさのせいである。
「ご、ごめんなさい。ちょっと今、貴女が何を言ったのかわからなかったのですけれど……」
震えた声で縦ロールが言葉を絞りだした。
ならばもう一度、わかりやすく言ってあげよう。
「はい。美しすぎて申し訳ありません。悪気はなかったのです」
縦ロールは目を閉じ、黙っている。
今度は短くまとめたしよく聞こえたはずだが、どうしたのだろうか。
と、しばし様子を窺っていると彼女は突然手袋を脱ぎ、私に投げつけてきた。
しかし私も腐ってもマルゴーの生まれ。
いかに戦闘は得意ではないと言っても、蝶よ花よと育てられたであろう令嬢が投げた手袋ごとき、物の数ではない。
上体のみ半身にねじり、軽く反らせる事でうまく手袋を躱してみせた。
目の前の縦ロールのように豊満なスタイルであれば胸に当たってしまっていたかもしれないが、私に限ってその心配はない。まあその分誤魔化すためにドレスの胸元は過剰にデコレーションされているのだが、そのくらいなら回避に支障はなかった。
それにしても、いきなり手袋を投げつけるとは驚いた。
手袋の中に虫でも入ったのだろうか。
「──殊勝な態度だと思ったら……! それもわたくしを馬鹿にしてのことだったのね……!」
どうやら怒っていらっしゃるらしい。
何か勘違いさせてしまったようだ。
「あの、誤解です。先ほども申しましたが、悪気は全く──」
「そうだとしたらなお悪くてよ!」
全く怒りを収める気配はない。
しかし、怒っているという事は、もしやこの手袋は。
「──決闘ですわ! わたくし、タベルナリウス侯爵家が長女、ユールヒェン・タベルナリウスが貴女に決闘を申し込みます!」
決闘の申し込みなら手袋を投げつけるのは相手の足元なのでは。
そう思ったが、縦ロールのユールヒェン嬢の目は怒りに燃えていて、これ以上私の話は聞いてくれそうになかったので黙っていた。
しかし、これは困った事になった。
私は病弱なので、決闘を受ける事は出来ないのだが。
私が困っていると、背後から声をかけてくる者がいた。
2話連続で背後から声をかけられる系お嬢。
作品カテゴリーについてですが、さまざまなご意見をいただき誠にありがとうございます。
全体的な傾向としてはやはりハイファンタジーが多めの感触でしたので、しばらくはハイファンタジーのままで登録しておこうかと思います。
ちなみについったーの投票は
伯爵令嬢(♂)とかファンタジックにもほどがある!
……87%
恋愛脳のキャラもいるし異世界恋愛で!
……13%
でした。
投票項目の書き方のせいな気がしないでもない(




