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その出場者は少々派手ではあったが、確かな自信が見て取れる落ち着いた佇まいであった。
よくある顔立ちなのか、その面差しはどこかで見た事があるような気がする。
ドレスのセンスも一流だが、こちらも何となく馴染みがあるというか、まるでよく知った人物がコーディネートしたかのような装いだ。
そう考えると化粧の癖も見覚えがある気がしてきた。
なんだろう、この既視感は。
そう思ったのは私だけではないようで、他の審査員のメンバーも喉に引っかかった小骨が取れないみたいな微妙な表情で首を傾げている。
どこで見たんだったかな、と考えながらメンバーたちと顔を見合わせていて、思い出した。
あの出場者のトータルコーディネートのセンスは、ジジやドゥドゥと似ているのだ。
私は弾かれるように観客席を見た。
目的の人物はすぐに見つかった。下手するとステージより目立ってるんじゃないだろうか。
いや、あれ周りの方々にちょっと距離を取られてるせいだな。
それも当然ではある。
一応トラブル回避のために、この会場の観客席は貴族用と一般用とでエリアが別けられている。
貴族はどちらの席でもいいのだが、貴族用のエリアには貴族以外は入れないようになっている。
そんな中、一般観客席にいかにも貴族といった格好の貴婦人がいれば、誰だって距離を取りたくなるだろう。なんでそっちにいるの。そんなに目立ちたいのか。
「……お母様……!」
それは扇子で口元を隠し、目だけで不敵に笑う我が母だった。
いつ王都に来たのだろう。
父との逢瀬はもういいのかな、と思ったら、その隣にいるのはまさにその『鬼殺し』だった。
「パッ──」
ック酒、って言ってしまいそうになり、慌てて修正する。危な。
「──パもいるんですね」
何とか誤魔化せたか。ギリセーフ。
どういう耳をしているのか、私の声が聞こえたらしい父がピクリと片眉を上げた。誤魔化してよかった。
しかし「パパ」だなんてもうここ10年以上も呼んでないし、どちらにせよ後で怒られるかもしれない。
それはそうと、あそこに母がいるという事は、間違いなくこの出場者は母の差し金だろう。
再び壇上に目を移す。
太陽の光をスポットライト代わりに浴び、輝かんばかりの美貌を晒している出場者がいる。
まあ輝かんばかりと言っても私ほどではないし、大半は母による化粧の成果だが。
とは言え、こうした舞台で重要なのは顔だけではない。
着ているドレスの能力をフルに発揮させるポーズも大切だし、ドレスやポーズに負けないだけのスタイルも重要だ。
そしてそれらを備えた上で、決してブレることのない確かな体幹。
壇上の彼女はポーズや化粧こそ付け焼き刃感が拭えていないが、スタイルや体幹はしっかりしているように見えた。
女性にしては高い身長や、広い肩幅はドレスの派手な迫力をうまく引き立てている。
彫りの深い顔立ちも化粧がうまく──
いや、やっぱり見たことある気がするなこいつ。
「……ううううん……」
ルイーゼが唸っている。
「どうかしたんですか、ルイーゼ様。大きい方ですか?」
「違いますよ! 変なこと言わないでください!
いえ、あの人なんですけど……。どうも、どこかで……蹴った覚えがあるような……」
蹴った覚えがあるって、もうそれ1人しか居ないのでは。
というか、思い出せないくらい人間を蹴っているのだとしたら、ちょっとルイーゼとの付き合いは考え直す必要があるな。
蹴った人間が少ないのだとしても、それはそれでそれすら思い出せない記憶力というのは問題だし。
「……あれ、初日に暴れた不良学生なんじゃないの?」
「え、でもあの時蹴った人は男性でしたよ。靴裏の感触的に」
性別が違うから思い至らなかっただけらしい。
「それは聞きたくなかったけど!」
きゅっ、と席に座ったまま内股を擦り合わせるグレーテル。気持ちはわかる。
「……その感触と引き換えに、彼は性別に縛られない道を選択した、ということでしょう」
ルイーゼが得た感触と引き換えに不良学生が大切な何かを失うとか理不尽極まりないが、まあ母が絡んでいるなら理不尽なのはいつものことだ。
それとなくジジとドゥドゥを見るとちょっと微妙な表情をしている。
だが安心して欲しい。
確かに壇上の出場者は美しいが、あれはあくまでもドレスと化粧、そしてそれを引き立てている中の人の3つが揃っての話だ。
乱暴な言い方をすれば、あの美しさは最高級のマネキンのそれと同じである。
そこへいくと、ジジとドゥドゥは元々線の細いイケメンだっただけあってか、化粧も何もしなくても普通に美しい。
大丈夫、君たちの方が綺麗だよ、という意味を込めて私は2人に頷いた。
2人はちょっとホッとしたような顔を浮かべた後、それも違うようなといった風に首を傾げた。
《……あのー。そろそろ点数の方をですね》
司会の学生にせっつかれてしまった。
そうだった。
壇上の彼だか彼女だかの正体は今はどうでもいい。
背後にいるらしい母の事も関係ない。
まずは公平に出場者の美しさを評価しなければ。
◇
最終的に、今回のミセリア・コンテスト優勝を飾ったのは最後のエントリー、エリザベスだった。
絶対偽名だろうなと思いながらも、壇上で私の手からトロフィーを渡す。
近くで見ると彼は確かにあの不良学生だ。
私と目が合うと、ちょっと苦笑して目礼をした。
思っていたより正気だった、というか普通に普通の性格になっている。
もう色々と諦めたような顔にも見えるが。
ただ母に洗脳とかされているわけではなさそうなのは安心した。




