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ミセリア・コンテストの開催の挨拶は気持ち長めにしておいた。
学園祭全体の開会宣言の数倍の長さだ。
これは、この日はもうこれ以外のイベントが無いという事と、私の挨拶が短すぎると最初に発表する参加者の心の準備が出来ないかもしれないと配慮しての事である。
このようなコンテストは、インテリオラ王国ではこれまで行なわれた事がない。
初めての試みであるし、発表順が早い者たちはさぞかし緊張している事だろう。
「──だと言えましょう。長くなりましたが、これをもって開催の挨拶に代えさせていただきます。最終日ですが、ぜひ皆様楽しんでいってくださいね」
挨拶を終え、壇上から降りると、実行委員会の面々が私を待っていた。
これから全員でミセリア・コンテストの審査員をするのだ。
「お疲れ様、ミセル。貴女にしては長い挨拶だったわね」
「ええ。少々思うところがありまして」
「……一体、何を思っていたらあんなにも長い間自分の容姿の話が出来るというのかしら」
グレーテルは純粋に労ってくれたが、ユリアは呆れたようにため息をついた。
元々が長い話が苦手な私である。
それでも引き延ばそうと思えば、何かしらの工夫が必要だ。
そこで私は学園長の長話を思い出した。彼はただ自分の話したい話を、誰に望まれるでもない話をつらつらと話していた。
なので私も彼に倣い、話したい事を話してボリュームを嵩増しする事にしたのだ。
その結果、いかに私が美しく、またその美しさの維持のためにどのような努力をしているのかを長々と話す事になったわけだ。
壇上から見える限りでは、女子学生や来賓の女性たちは皆興味津々で話を聞いていたが、男性はほとんどが興味なさげにしていた。そういうところだぞ男性諸君、と思ったが、特に指摘はしなかった。
また、明らかに挨拶としては不適当な内容であったにも関わらず、ユリアがため息をつく程度で済ませているのも、私の話を熱心に聞いていたからであろう。
ちなみにグレーテルとユリア以外のメンバーは賢くコメントを控えている。あとルイーゼはにこにこしている。たぶん美容の秘訣を聞いたユリアの機嫌がいいからだ。
「さて、では私たちも審査員席に向かいましょう」
◇
開催の挨拶で私が乗っていた雛壇の上で、出場者の男子学生が曲刀を振り回して演舞をしている。
何故か上半身裸であり、顔は仮面で覆われていた。仮面は釣り上がった目に鋭い牙、上部には角らしきものもある独特のデザインだ。まるで前世の豆まきの──これもしかしてオーガのつもりなのかな。あまり似ていないが。
男子学生は学生とは思えないほど筋骨たくましく、振り回す曲刀もかなりの重さがあるはずなのだが、体幹が全くブレていない。
ただやはり体力はかなり消耗するようで、曲刀を振るたびに男子学生の汗がキラキラと辺りに迸っている。
やがて学生が演舞を終え、残心の構えを見せると、しばらくして会場からはまばらに拍手の音が聞こえてきた。
そして審査員席からは点数を宣言する声が響く。
「4点」
「4点」
「5点」
「6点」
「6点」
「5点」
「6点」
「素晴らしいですわ。24点で」
もちろん、まばらな拍手の音のうちのひとつは私の手元である。
完成度の高い彼の演舞は実に見応えがあった。
《はい! 審査員の皆様ありがとうございました! 合計点数は60点です!》
司会の学生が風系の魔法を使って会場中に声を響かせると、私たちが宣言した点数を合計したものがパネルに貼り出された。
これまですでに何人かの出場者がパフォーマンスを終えているので、パネルにもいくつもの名前と数字が貼り出されている。
その中で60点というと中間くらいだろうか。
審査員ひとりにつき最大10点、審査員長の私のみ3倍の30点の評価点を持っていて、合計100点が満点になる。
「……24点は高すぎじゃない?」
「ですが、素晴らしい演舞でしたよ。きっとものすごく鍛錬をしたのでしょうね。学生とは思えません」
「……お気付きでないようですが、今のは近接戦闘実技のジーク先生ですよ」
「え、あれ先生だったんですか」
まず近接戦闘実技なんて授業があったのか。
と思って聞いてみたら、男子のみの科目だった。女子は代わりに刺繍の授業が割り当てられている。なるほど、そういえば刺繍の時間はいつも男子が──男の娘しか──居ないと思っていたが、そういう訳だったのか。
「それと、格好も少々気に入りませんわね。
このコンテストはミセルさんの名を冠したコンテストですし、審査員長がミセルさんであることは予め周知してあります。
おそらくそれを見越してのあの格好でしょう」
「……ごめんなさいユリア様。どれを見越してのどの格好でしょう」
グレーテルあたりは頷いていたが、私は全くぴんと来なかった。
多分私に関係ある事なのだろうが、私のどこをどう見たらオーガになるのか。返答によっては訴訟も辞さない。
「あれでしょ。ちょっと前にマルゴー辺境伯がオーガキングの首を王都に持ってきたからでしょ。ライオネル・マルゴーと言えば、今王都じゃ新たな二つ名が付けられてて結構な時の人ですもの」
「ああ、そういえば」
そんな事もあった。
「ちなみに、なんて二つ名なんですか?」
「『鬼殺し』だったかしら」
安いパック酒みたいだなお父様。
とにかく、父の功績を意識してのあの仮装であったらしい。
ユリアはそれが、まるで私に阿っているかのようで気に入らず、低い点数になったのだろう。
グレーテルもその事は理解しており、だからこその「高すぎないか」との指摘だったようだ。
「そういう事ですか。ですが、私はそうした理由によって点数を高く付けるような事はいたしません」
「そんな事はわかっています。けれど、他の方も同じようにわかってくださるとは限りませんわよ」
ユリアも私の事をよく分かってくれているようで何よりだ。
しかし話はまだ終わっていない。
「──同時に、それを理由に素晴らしい演舞にあえて低い評価点を付けるような事もいたしません」
彼の演舞は、まあ多少汗臭いというか暑苦しかったが、技術自体は素晴らしかった。
動きの端々に努力と研鑽のあとが見て取れ、その力強い立ち振る舞いは、仮面のデザインと実によくマッチしていた。
仮面だってデザインの微妙さを別にすれば中々作り込まれており、一朝一夕で拵えたようには見えない。きっと他の出場者同様、衣装である仮面にも手間をかけたのだろう。
であれば、彼の努力と成果は正しく評価されるべきだ。そこには思想や思惑など関係ない。
「……そう、それは確かに、そうすべきかもしれませんわね……。
まあ、私は一度出した点数を引っ込めるようなみっともない真似はいたしませんが、今後の参考にはさせてもらいますわ」
なお、点数が出た後しばらく審査員席で話し合っている私たちを見て、壇上の筋肉さんは不安げに縮こまっていた。
汗が乾いて風邪を引かないといいのだが。




