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「すみません。学園祭の実行委員です。ちょっと通してください」
伝統のジャパニーズチョップスタイルで人だかりをかき分け、騒ぎの中心に行ってみると。
「見ろよこれ! てめーの店のガレットの中からこんなギザギザした金属片が出てきやがったぞ! 知らずに食ってたら大怪我してたかもしれねえなあ! おい! どうしてくれんだよ!」
そこで騒いでいたのは案の定、前日の夜にも問題を起こしていたあの不良学生だった。
「そんな、ガレットにそんな大きな金属の欠片なんて入ってるわけないだろ! ていうか何だよそれ! どこから持ってきたんだよ!」
詰め寄られているのは昨日同様、ジョン何某である。
不良学生が手に持っている金属片は、遠巻きの人だかりを越えたばかりの私の位置からでも見て取れるほど大きな物だ。
確かに、あのサイズの異物を誤って混入というのはちょっと考えづらい。
ていうか本当に何の欠片なんだろうあれ。妙にギザギザしている。どこかで見たことある気がするが。
「……あれはスプールですね。拍車とも言いますが。乗馬の際に馬を蹴るのに使う、ブーツや鎧の踵部分に装着する部品です」
「……ああ。あれ、外れやすいんですよね」
ジジとドゥドゥがこっそり教えてくれた。
彼女らが彼らだった時、王侯貴族の嗜みとして乗馬する際に装着していたらしい。
私の時には使わなかったな。貴族男子の嗜みの方は軍事を想定しているからだろうか。それとも男女の差だろうか。いや、登場人物男しかいないけど。
何にしても、そんなアイテムが食べ物の中から発見されるなんて普通に考えて有り得ない。
ましてや、昨日の様子からすると、第三学年の第一クラスは非常に厳格に食材などの管理をしているようだった。食材はあそこまで管理したにもかかわらず調理の際の管理がザルということは考えにくいので、まあイチャモンの類いだろう。
「くだらない言いがかりをつけるのはやめてくれ!」
「言いがかりだと!? てめーらは何か!? お客様にご迷惑をかけといて、詫びのひとつも入れられねーのか!」
「何度も言わせるな! その金属は調理過程で入ったものじゃない! だから迷惑をかけているのは現状そっちの方だろう!
課題が出来なくて単位を落とすのが悲しいのはわかったが、だからって八つ当たりをするのはやめてくれ! もう最高学年なんだから、子供みたいな真似は止すんだ! こんな大勢の前でそんなに恥ずかしい真似をして……!」
不良学生の額に青筋が立ち、顔色がどんどん赤くなっていく。
ジョン何某氏が言っていることは正論だ。
正論なんだが、なんというか、いちいち相手の神経を逆なでするというか、まあ貴族っぽいと言えば貴族っぽい。
煽りスキル高めのジョン何某氏と煽り耐性低めの不良学生である。この2人の言い合いでは、もうこの先の展開は読めたも同然だ。
「クソが……! 舐めんじゃねえ!」
不良学生が持っていたギザギザスプールを振り上げ、ジョン何某氏に襲いかかろうとした。
もちろん、さすがにこれは見逃せない。
「おま──」
「おま──」
「お待ちなさい!」
えっと思ってグレーテルを見たら、グレーテルもえっという顔をしてユリアを見ていた。
今度はユリアに被せられてしまったようだ。
なんでみんな私のセリフに被せたがるのか。
よく見ると、ユリアの瞳は楽しげに輝いている。
私のセリフに被せたがっているというより、この役どころがやりたいだけなんだろうか。
「なんだてめえら──実行委員か!」
私とグレーテルの顔を見て不良学生が気付いた。
まあ一度見たら忘れられない美貌だろうし、当然だ。
しかし「てめえら──実行委員か!」とか鬼気迫って言われると、なんだかちょっとかっこいい。特殊な技能集団みたいな空気感ある。
「なんだではありませんわ! ここは学園、学びの場ですのよ! 気に入らない事があるからと言ってすぐに暴力に訴えようとするだなんて!」
さすがはユリアである。
初対面で手袋を投げつけてきた貴族令嬢は言うことが違う。
「貴方も王立学園の学生なのでしょう? 恥ずかしくないのですか! それに何ですか! その品のない言葉遣いは!」
「──う、うるっせえええ! 学園生がそんなに偉いのかよ! こんな学園、クソくらえだっ!」
不良学生は目標をジョン何某氏からユリアに変え、こちらに向かって走ってきた。
手にはスプールを握りしめている。
超リーチ短いというか、何なら普通に殴るほうがやりやすいと思う。
不良学生は第三学年だと思われるが、体術についてはユリアの方が格上のようだ。
ユリアは迫りくる不良学生を静かに見据え、腰を落とした。
第二学年で、かつ箱入り令嬢であるユリアよりも実技の実力が下ということは、この不良学生は落ちこぼれだったのだろうか。
もしかしたら今回の課題を落としたら留年が決まってしまうとかの事情があったのかもしれない。
まあ留年というシステムがあるのかどうか未だに調べていないのだが。
私などはこのように冷静に状況を観察していたわけだが、この場には冷静に見ていられない者もいた。
「──ユリア様に、近付くなあ!」
我ら実行委員の中でも最弱、ルイーゼのエントリーだ。
もちろん成績の話である。つまりおつむが最弱なだけだ。
実技の成績は違う。
実行委員どころか第二学年全体、第一クラス第二クラス合わせてもユリアに次ぐ堂々の2位である。
まあ実行委員会ではユリアとルイーゼ、ヘレーネとエーファ以外は全員見学エンジョイ勢なので順位すらついてないが。
「ふっ──!」
ルイーゼが不良学生を蹴り飛ばそうと足を振り上げる。
しかし、ルイーゼの想定以上に不良学生の勢いが速かった。
その結果、ルイーゼの右足は彼女が思っていたよりも僅かに低い位置で不良学生の身体と衝突した。
「はうっ!?」
彼女の右足は──不良学生の股間を蹴りぬいていた。
「ひゅん──」
「ひゅん──」
「ひゅん──」
「ひゅん──」
「ひゅん──」
すぐ側から、そんな空気が漏れるような小さな悲鳴が聞こえてくる。
もちろん、私の口からもだ。
一瞬遅れ、事態を見守っていた野次馬の中の、男性たちからも似たような悲鳴が上がる。
私たちはこの日、自分たちの、決して逃れられない弱点を再確認した。
たまひゅん回
小さな悲鳴はおそらくお嬢、ディー、グレーテル、ジジ、ドゥドゥのもの。
章の途中ですが、わかるわーと思われた方は★5を、いやちょっとわかんないなと思われた方はブクマを、美少女(♂)にだったらむしろ蹴られたいと思われた方はブクマと★5をお願いします。




