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美しすぎる伯爵令嬢(♂)の華麗なる冒険【なろう版】  作者: 原純
レディ・マルゴーと叡智の採点
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15-4





 近付いていくと、騒ぎの元は第三学年の第一クラスで起きているようだった。

 騒いでいた学生は随分と言葉遣いが荒いようだったが、そうなると彼も伯爵以上の高位貴族の生まれということだ。

 しかも私たちより学年も上である。

 生まれや年齢だけでは品性というものは育たないんだな、と身につまされる思いがした。私も気を付けないと。


「あのクラスは確か、ガレットを出すお店をするのだったかしら。ただ初心者でも焼きやすいように蕎麦粉ではなく小麦粉を使って、しかも食べやすいよう丸めて紙で包んで片手で持てるようにしたのだとか」


 小麦粉を使ったガレット風の食べ物で、丸めてあって、片手で持てる、と。


「……それもうクレープ屋さんなのでは」


「くれーぷ屋さん? よくわからないけれど、喫茶店らしいわよ」


「あの、じゃあわざわざ手で持って食べられるようにする必要あるんですかね」


「混雑してきた時のために、テイクアウトも出来るように、とか言っていたかしら」


「すでに繁盛する前提なんですね。何でそんなに自信満々でいられるのか不思議ですが」


 そう言うと、グレーテルは私を頭の天辺から足の先までゆっくりと見回してため息をついた。


「なんですか?」


「……そうね。根拠のない自信ってのは問題よね。根拠があるならともかく」


 もしかして私の事を言っているのだろうか。

 だとしたらグレーテルは間違っている。

 私は自信があるわけではない。単に常に客観的な視点から物事を判断しているだけだ。

 私が美しいのはただの「真実」であり、これはすでに世界によって証明されている。





「──ここは俺の教室でもあるんだぞ! 入れねえってのはおかしいだろうが!」


「だから、実行委員会から説明があっただろ! 学園祭の前日から学園祭が終わるまでは、会場として押さえられてるエリアは不参加者は立入禁止だって!」


「知らねえよンな事! 関係あるかよ!」


 騒ぎはさらにヒートアップしている。

 過熱した言い争いが危険な領域に到達する直前、私とグレーテルが到着した。


「騒々しいわね、何の騒ぎ?」


「っ! こ、これはマルグレーテ王女殿下……! な、なぜこのようなところに……」


「ちょっと、そういうのはおよしなさい。学園では、生まれの貴賎は問われないのだから」


 グレーテルが声をかけ、詰め寄られていた方の学生が慌てて跪こうとしたが、これはすぐに止められた。


 学年が違うと、学園内でも滅多に会う事はない。

 学園の中では外の身分は持ち込まない事がうたわれているが、王族ともなれば中々割り切れない者もいるようだ。特に高位貴族には多く見られる傾向である。

 さらに今の第三学年というと、ゲルハルトともグレーテルとも違う学年なので、王族と机を並べて学んだ事などない。つまり慣れていないのだろう。


「ちっ」


 一方の詰め寄っていた方の学生などは、詰め寄られていた方の「王女殿下」という言葉に若干怯んだ様子ではあったが、グレーテル自ら畏まられる事をよしとしなかったところを見て気を取り直したようだった。


 気を取り直したのはいいが、ちょっと取り直しすぎではないだろうか。挨拶をしないどころか邪魔を入れた私たちを見て舌打ちをする始末だ。

 まあある意味ではこの学園の「全ての学生は対等であること」という理念を体現している存在だと言える。

 私はちょっと感心した。


 が、挨拶もしないのはよくない。

 挨拶は円滑な人間関係を構築するためになくてはならないものなので、それを行なわないということはすなわちこちらと円滑な人間関係を築くつもりはないということになる。


 これは『餓狼の牙』の面々から聞いたことなのだが、傭兵同士が魔の領域などでたまたまかち合った場合、挨拶もしない者は盗賊扱いにするという暗黙のルールがあるらしい。

 インテリオラでは傭兵は基本的に魔物の討伐や開拓の補助が仕事ではあるが、中には組合を通さず後ろ暗い仕事を請け負う者もいる。

 姿格好や装備ではそれらの違いはわからないので、怪しまれる下地がある傭兵たちは基本的に自ら身の証を立てなければならない。

 率先して挨拶をするというのはその一環らしい。


 もちろんここは人の手の入らない魔の領域ではなく王都の学園で、そこの学生だということはこの彼も身元は保証されているわけだが、だとしても今の態度はよろしくない。

 私としては「反抗期のヤンキーみたいだな」くらいしか思わなかったが、そうした人種に免疫のないグレーテルにとっては理解できない態度だったらしい。


「ちょっと貴方ね! どちらの家の方なのかしら! 淑女を相手に挨拶もしないだなんて、どういうおつもりなの!」


「ああ!? 家は関係ねえだろ! 学園じゃあ生まれは問わねえんじゃあなかったのかよ!」


 入学できた以上は推薦者によって身元が保証されているはずなので、確かに生まれは問わない。

 しかし品性や成績は問われる。

 それによって本人がどうこうなることは基本的にはないが、当然推薦者の顔は潰される事になる。

 この彼が高位貴族の出であるのなら、名目上の推薦者は実家の家長になるはずだ。


 グレーテルが言っているのはそういう意味の話で、要は「親の顔が見てみたい」というニュアンスである。生まれを問うている訳ではなく、育ちを問うている感じだ。


 それにしても、家は関係ないだろうとはまた。典型的な不良少年といった感じでなんだか微笑ましい。

 お父上あたりとうまく行っていないのかな。


「てめえ、何ニヤニヤしてやがる!」


 こちらの視線に気付かれた。


「お気になさらず。単に、私は美しいのでにこにこしていた方が周りの方々も眼福であろうと配慮したまでのことです。

 それより、何を騒いでいたのですか?」


「実は──」


 理性的な方の学生が語ったところによると。


 理性的でない方の不良学生は、どうやら自分の教室に課題のレポートを置いたままにしてあったらしい。

 その提出期限が学園祭が終わった直後に設定されているようで、学園祭に参加しない多くの学生は学園祭の期間中に課題を仕上げるつもりであるという。もちろん、学園祭に参加する学生は参加それ自体が課題の代わりになっている。

 そして学園祭で使用される施設は、前日からそれぞれ使用する団体の管理下に置かれる事になっており、その間は使用する団体の関係者以外は立ち入りが禁止されている。

 この教室で言うと、使用する団体とは第三学年の第一クラスの学園祭参加申請者たちになる。


「俺だって第一クラスだぞ! 関係者じゃないのか!」


「でも、君は参加申請を出していなかっただろう! 参加を表明していない以上、学園祭の関係者とは言えないし、中に入れる事はできない!」


「ちょっと入ってロッカーを探るくらい、いいじゃねえか!」


「もう一部の食材も搬入して衛生管理もしているんだ! 部外者は入れられない! どうしてもって言うなら、僕が代わりに君のロッカーから──」


「何でてめえなんかに勝手にロッカー開けさせなきゃいけねえんだよ!」


 また言い争いが始まってしまった。


 しかしそうした問題を探し出し解決するために私たち実行委員が巡回しているのであって、これを収めるのは私たちの仕事だ。

 今回はわかりやすい。何しろ、全て全学生に向けて事前に通達してある話なのである。


「おま──」


「お待ちなさい!」


 話そうとしたらグレーテルに被せられた。

 騒ぎを聞きつけた時もわくわくしていた様子だったし、もしかしてやりたいのだろうか。


「先ほどそちらの、ええと」


「あ、はい! 自分はモバイル伯爵家のジョン──」


「モバイル伯爵子息が言ってらしたように、本日より学園祭終了日までは基本的に学園内のほとんどの施設は利用できないわ。学園祭で使う施設は申請した団体以外は立入禁止だし、使わない施設も当日に部外者を立入禁止にする関係で、本日から一律封鎖にしています。例外は揉め事の元なので、基本的に認めていません」


 名前くらい聞いてあげなよ。


「ふざけんな! 俺の教室だぞ! そんな横暴があるかよ!」


「貴方の教室ではなく、学園の教室よ。そして学園は王立だから、強いて所有者を挙げるなら王家の教室です。

 加えて言えば、この学園祭期間中は学園の施設利用は実行委員会に一任されているから、実行委員長のミセルの物だわ。

 横暴でも何でもありません」


 学園は私の物だったのか。


「そもそも、そういったルールは先週から学内のいたる所に掲示物で周知してあったはずだし、クラスでも担当教諭から説明があったでしょう。

 いいえ、それ以前に、教室に貴重品を置いたままにしておくのは校則違反だわ。未着手の課題が貴重品かどうかは置いておくとして、今取り出せないのは貴方の責任であって、こちらの、ええと」


「モ、モバイル伯爵家のジョ──」


「モバイル伯爵子息の責任でもなければ、実行委員会やミセルの責任でもないでしょう。逆恨みも八つ当りもみっともないわよ。およしなさい」


 口を挟む隙もないという勢いでグレーテルに捲し立てられ、不良学生は青筋を立ててこちらを睨みつけた。いわゆるぐぬぬ顔というやつだ。


「──クソが!」


 挙げ句、そう言い捨てて去っていった。


 不良学生を見送ったモバイル伯爵子息のジョン何某氏はため息をつき、「せめて食材搬入前なら融通も利かせられたのですが」と呟いた。


「ダメよ。例外は揉め事を生むって言ったでしょう。ああいう輩は痛い目を見なければ反省しないものなのよ」


 例外を認めなくても十分に揉め事になってしまっている。

 ジョン何某氏にとっては不幸なことだ。


 しかし幸薄で理性的な彼であっても、自分たちのグループの模擬店が成功することをやる前から疑っていない。

 貴族ってすごいな。そう思った。


「ですが、何でこんな時間なんでしょうか。普段であれば下校時間はとっくに過ぎている時間です。今日は授業は全て休講になっていましたから、朝や昼間でしたら何とかなったでしょうに」


「大方、似たようなお友達とどこかで遊んでて忘れてたんじゃない? で、今頃になって思い出したのよきっと。さ、それより次行きましょう」


 何でそんなにうきうきしてるのか。

 さすがにたぶんもう揉め事とか無いと思うが。






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― 新着の感想 ―
[一言] 何か深刻な理由があったり…はしないか
[一言] お嬢が脳内で挨拶の重要性について散々語ってたのに、その直後に貴族の名乗りを最後まで聞いてあげないグレーテルwジョン何某君はいつか名前を覚えてもらえるといいね。 しかしここまで言葉遣いが汚い…
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