15-2
「言葉も覚えた。魔法とやらも習得した。次は何をする?」
「早いですよね色々。便利でいいですけど。でも、ううん……。何をしてもらいましょうか」
クロウは私が望んで雇い入れた人材ではない。
望んで雇った『死神』たちでさえ今は遊んでいるような状況なのに、さすがに用もない人間に仕事はない。
一応、お小遣いも食事も十分に世話をしているので雇用条件的には問題ないはずだが。
そういえば前世では、不必要な社員を閑職に追いやり、給料は払うけどまともな仕事は与えない事で自発的に退職するよう圧力をかける窓際部署なるものの話を聞いたことがある。
もしかして私のやっているのはそれに近い事なのだろうか。
会社というほどではなくとも、営利団体として考えるのなら今の私の陣営は赤字もいいところだ。
赤字というか、まず収入がゼロなので損益以前の問題である。
今は私のお小遣い、つまり上からの補助金で何とか体裁を整えているに過ぎない状態だ。
それも限界があるし、将来のことを考えるとそろそろまずいかもしれないという程度には貯蓄も目減りしてきている。
何か資金を得る手段が必要だ。
そう考えて悩んでいると、放っておかれたクロウから声がかかった。
「もし、何もすることがないようなら、魔導具を作らせて欲しいのだが」
「え? 作らせて欲しい? 作って欲しいとか買って欲しいではなくてですか?」
「ああ。見下すつもりはないが、こちらの国には私が欲しいと思える魔導具はないようなのでな。それなら、自分で作ろうかと」
魔導具って自分で作れるのか。
いや、販売されている以上は誰かが作ったものだというのはわかるのだが、自作するというにはさすがに複雑な工程が必要なのではと思ってしまう。前世でもDIYとか結構流行った時期があったが、さすがに乗用車とかを作り出す者はいなかった。いなかったはず。でも戦車は作った人がいた気がするな。なら一緒か。
「クロウは確か、自称研究者でしたね。出来るというなら構いません。何が必要ですか?」
「だから自称では……いや、こちらの国ではまだ何の成果も出していないから、自称は間違いない事か。
必要なのは魔石だな。それと工作機械、魔石以外の材料、加工がしやすい金属とか木材だ」
「魔石なら上質なものをいくらでも用意できますが、工作機械は難しいですね……」
そもそも、機械と呼べるような工作機などあるのだろうか。いや全く無いという事もないのだろうが、あったとしてどこに売っているのだろう。
「というか、目は大丈夫なのですか? 物が見えないのに機械を扱うとか、かなり危ないのではと思うのですが」
「む……。それは確かにそうだな。では、さきにそちらから作ろう」
「そちらからって、どちらからでしょう」
「目だ。まずは手作りで、私の目の代わりになる魔導具を作る。幸い、目が見えずとも魔素とやらの動きから周囲の状況はわかるのでな。手探りでも簡単なものなら作れよう」
訓練の結果、クロウは比較的あっさりと大気中の魔素を読むことが出来るようになっていた。自身が半魔力生命体であるからだろう。
それより、目の代わりになる魔導具って簡単なものだったのか。
私は寡聞にして知らなかったが、そんな魔導具あったかな。
後日、クロウは魔石と木材からゴーグルのようなものを作り出し、目に装着していた。
ゴーグルは大半の部分が木材で出来ており、中心あたりに横一文字の赤いラインが入っている。
よく見るとこのラインは魔石を削り出されて作られており、魔石が動力源ではなく何らかの重要部品として使用されているらしい事が伺えた。
「サイクロプス……」
そう私が呟くと、クロウは「これはただのゴーグルであり、別に目がひとつになったわけではない」と言って笑った。いやわかっているが、私の前世にはそういうゴーグルをしたマッチョな男性の事をサイクロプスと呼ぶ文化があったのだ。
「この赤い部分から微弱な魔素を放出し、また放出した魔素を受け取る事で周囲に存在している物体を間接的に知る事が出来るゴーグルだ。人間や魔物、その他の生物は全て常に微弱な魔素を放出しているため、このゴーグルは自分が放出した魔素とそれらを区別する仕組みも搭載されている。生物が放出する魔素には大気中に存在する魔素や魔石に蓄えられている魔素とは違う成分というか、波形を持つ信号が含まれているからな。またこの仕組みを利用することによって個人識別も可能にしているため──」
「なるほどだいたいわかりましたもういいです」
話が長い。
「いや、まだ途中だ。個人識別は可能なのだが、今はまだ部品の質と精度のせいで細かく判別出来ない。今後、ゴーグルに使う素材を厳選したり回路を細かく作り込んでいく事でより精度を高めていく予定だ。
ところで先ほど全ての生物は微弱な魔素を放出していると話したが、中でもお嬢、君はとりわけ眩しく見えるな。正直、君が視界に入ると他に何も見えなくなってしまうレベルだ。これは早速改善の必要が──」
クロウは『餓狼の牙』の面々と同じく、私を「お嬢」と呼ぶ。
『餓狼の牙』は今はルーサーを除いてマルゴーで普通に傭兵稼業を続けているため、クロウは会っていない。
では誰からその呼び方が伝染ったのかと言うと、バレンシアからだ。
クロウのインテリオラ語はバレンシアとアマンダから習得したものだが、実のところ2人の言葉遣いは成人男性が使うものとしては相応し、いや一般的ではない。
アマンダの言葉遣いは明らかに大人の女性のもので、しかも男性を誘うようなイントネーションが強いし、バレンシアのそれは語尾や敬語の一部が少々独特な音というか韻を持っている。
そこでバレンシアの言葉遣いを基本としながらアマンダのそれと比べてイントネーションを修正し、敬語はひとまず使わない事で違和感のない言い回しを習得したらしいのだ。
ゆえに彼は雇い主である私にも敬語を使わないことが許されているし、私のことはお嬢サマからサマを抜いてお嬢と呼ぶというわけだった。
「──ということなのでな、やはり精密な魔導回路を作るには最低でもミスリルが必要なのだ。レクタングルでは瘴気の濃い地域でしか産出されないとされていたが、確かお嬢の領地はそうした気候なのだろう。魔石以外にそういう特殊な希少金属はないのかね」
まだ話してた。
ちなみにマルゴーになら希少金属もあるのかもしれないが、鉱山に出来そうな山というと北の山脈くらいしかなく、そこに到達するまでに魔の森を抜けないといけないので、仮にあってもおそらく産業には出来ない。
そして彼は復活した視力を使って自力で工作機械を作り出し、色々と見た事もないような、前世で見た事あるような魔導具を作り出していった。
そこでふと思い出し、あの黄緑色の巨大ロボットはクロウが作ったのかと尋ねてみたら、そうだと言っていた。
再現したいが、自分も含めてこちらの国の人間では起動できないだろうとのことだった。
あれ再現したいんだと思ったが、どのみち獣人たちと比べれば工業的にまだ発展していないインテリオラでは、あの量の金属材料は簡単には用意できないので諦めてもらうしかない。
その割にこちらは工業力の要たる動力源の魔石は遥かに質のいいものが大量に存在しているわけだが、どちらも随分と歪な発展をしているものだなと感じた。




